「クリスマス時期に売り出す為、用意していた珍味を一足早くオークションにかける事にしたんですよ。本当はポールも一緒に行く予定だったのですが、残念ですね」
「オークションですか?連れて行ってくださるのは初めてですね」
「行きたくなければ、そう言っていいですよ」
「ご一緒したいです」

私はピンクのブラウスを選んで着ました。フィルが赤い背広を着たので並んで見るととても綺麗だからです。
町中に出てみると休日の真夜中だというのに車はほとんど走っていませんでした。“彼等”は怪物の存在を恐れ家をあまり出なくなったのです。
運転手の方が実家に帰られてから車の運転はポールのお仕事でしたが、その日はフィルがハンドルを握りました。

「運転するのは20年ぶりですね」
「大丈夫ですか?」
「はは、私達は物覚えがいいですよ。それにスリムが思うほど、20年は長くないのです」

フィルは200歳だと言っていました。去年も一昨年もそう言っていましたので、フィルですらフィルの年齢はおおよそで覚えていたのかもしれません。もしくはもっともっと長く生きているのかもしれません。私はフィルが最後に運転した日よりも後に生まれましたので、フィルの年齢の感じ方を理解するのは難しかったです。
オークションの会場は工場の近くでした。久し振りに近くに見た工場は何棟もあり、やはりとても大きく感じました。白く無機質な工場とは違い、会場は古く趣のある綺麗な建物でした。昔裁判所だった建物を改装して現在では小さな法律事務所が一部を所有しておりましたが、一番大きな法廷は町が公的に所有している多目的ホールとなっておりました。オークションはいつもここが会場でしたが、入ったのは初めてでした。
昔の裁判所の装いをほとんど残した会場は両サイドにある傍聴席を客席とし、裁判員席に布がかけられた商品が並べられ被告人が立つ場所だったと思われる場所に競りにかける商品が立ち、その向かいの裁判官席がVIP席でした。
路地の人通りは少なかったのに、会場には多くの“彼等”で溢れていました。屋敷が寂しくなってから久し振りに囲まれた“彼等”の中はとても心地よかったです。“彼等”の視線はよく私に集まりましたが、私がフィルの所有物だと誰もが知っていたので、全く怖くはないのです。それに正装である赤い服を纏った“彼等”は皆古い絵画の神様や女神のように美しく、とてもいい匂いがしていたのでそこは天国のようでした。
フィルの隣にいると、何人かの人に挨拶をしていただきました。“彼等”は皆工場に感謝し、フィルを敬っていたのです。
商品が最も良く見えるVIP席の真ん中にフィルは座り、左隣に私は座らせていただきました。フィルの逆隣にはブルネットの髪で赤いドレススーツを着た女性が座っていました。

「フィリップ、今日の目玉をご存知ですの?」
「私も今日のオークションを楽しみにしていたので敢えて聞かなかったですよ」
「噂によると、混血や美形以外にとても希少な商品があるそうよ」
「そうらしいですね」
「私も召し上がりたいので、どうぞお手柔らかにお願いしますわ」
「それは保証できませんね。私はこの街きっての美食家だと自負していますから」
「まあ、謙遜なさらないのね」

真っ赤な口紅で縁取った唇を微笑ませ、彼女はそう言いました。フィルとは古い友人で、二人はとても親しげでした。私は彼女をいつも本物の女神だと思っておりました。あまりに美しいのです。彼女を見るとうまく視点が合わないのか、輪郭がぼんやりして見えました。私は彼女から可視出来るオーラが発せられていたのだと今でも思っております。
そうして間もなくオークションが始まりました。

「商品番号1番はこちら、この近辺では珍しい東洋系のメス、156センチ55キロです。1000ドルからどうぞ」

司会のブロンドの案内で出てきた商品は、全裸で手枷と足枷、そして鎖の付いた首輪を着けてそこに立ちました。生きている商品を見るのは初めてでした。商品番号1番は宙を見てほとんど動かず、運んで来た係員の先導に素直に従っておりました。

「とてもおとなしいのですね」

私は競りの声が柔らかく響く中、フィルに小さな声で聞きました。フィルはこの商品に興味がないらしく、競りを静かに聞いていたのです。

「鎮静剤ですよ、暴れてしまうとオークションが大変ですから」
「そうなのですね」

ならば納得も出来ると、私がそこで黙るとフィルは私の顔をのぞき込みました。私が驚いて何でしょう、と言うとフィルは心配そうに微笑んだのです。

「気分が悪くないですか?見たくなければ、車で待っていていいですよ?」

フィルは私の心配をしていたのです。私は驚きました。そして胸を締め付けられるような切ない想いを覚えました。
商品番号1番は美しかったです。野生児の様に育成されたはずなのに、視線に気品があり、見慣れない顔つきに言い知れぬ美しさを感じました。そして私と同じ血が通う人間だという事もわかっていたのです。
私が非道なのだとか、無感症だとかそういう類いの話では無いのです。商品を目の前にすると微かに同情を覚えましたが、私は自分が口にする鶏が生きている姿を見ても同じように同じだけ同情するのです。皆同じでは無いかと思います。
しかし私は生きている姿を見てしまったからと言って鶏を食べれないと思うほどのショックは受けないのです。美味しい事はよく知っておりますし、私自身の価値観でそれは生き物というより食べ物だと測っていたからです。
私にとって食用の人間はそれと同じでした。自然に育つ小鳥を食べるのは残酷だと思うのに、飼育された鶏を食べる事は普通なのです。隣町の人間が食べられるのは残酷だと思うけれど、工場で育成された人間が食べられる事は私には極当たり前なのです。
私の事でそのように傷むフィルを見るのは辛かったです。とても優しかったのです。傲慢さの欠片もなく、賢い人でした。尊敬をしていて、彼の幸せと安寧を願ったのです。ですから余計に思うのでした。私はフィルの愛に応えれない、と。
彼の愛が他と違うと感じたのは、13になった年の冬でした。とても珍しい年で町に雪が降りました。“彼等”は寒さも暑さも何も感じないので屋敷内はとても寒かったです。私はその年の春に母を亡くし、そう感じるのが私だけだった為言い出す事が出来ず、我慢している内に体調をくずてしまったのです。
ポールやもう一人の家族ルーシアも心配してくれましたが、フィルは真摯にとても深刻に心配したのです。まるで私が次の瞬間に死んでしまうと思っているかのように、ずっと隣に座って私を看ていました。

『スリム、あなたが無くなってしまったら私は心臓に穴が空いてしまいます。愛しています、元気に駆け回ってください』

私がいくら大丈夫だと言ってもフィルは私を愛していると繰り返しました。その視線が、言葉が、手のひらが特別だったのです。彼は本当に心から私を愛しているのだとそう感じました。そして私はそのようにフィルを愛していないと、気付いたのです。母の様に自分を食べて欲しいと思う様な愛を感じなかったのです。
私へのフィルの愛は特別でしたが、彼は誰にでもその様に愛を与えました。私だけというわけではないのです。私はこの家系に生まれた突然変異では無いかと思っております。私の母や祖母や叔父や叔母はそれに応えましたが、私はおそらくフィルを愛せなかったただ一人であります。

「私はモリス家で育った人間なのです。心配してくださって、ありがとうございます」

私はあの冬のように、彼を安心させたい一心で笑顔を見せてそう言いました。

「そうですか、いい子ですね」

フィルは微笑んでそう言いました。
商品は次々と並びました。アフリカ系と東洋系のハーフには4500ドルの値が、筋肉質な南米系には5000ドルの値が付き、会場は静かに盛り上がっておりました。しかしフィルは一向に手を上げませんでした。

「フィリップ、あなたもしかして珍味一本狙いなのかしら?」
「気付かれましたね」
「譲る気なんて、毛頭なかったのですね。でも、私も後には引きませんよ」
「わかっています。例え幾らになろうとも、皆食べたい物を買う気でしょう」

女神とフィルは静かに話していました。しかしそこで女神は表情を変えたのです。

「あなたも、気付いているのね?」
「町中が察しています、当然あなたもですね」

私には何の話なのかがわかりませんでした。二人の声があまりに深刻で、不安になったのを覚えています。

「どうしてでしょうね、不思議と町は落ち着いています」
「この町が、我々が、長生きし過ぎたと神が思っているんです。皆神には逆らえない」

そこで私は察しました。“彼等”がこれ以上長生きをしないという事の話だと。“彼等”がまもなく死ぬのだという事に。
私は黙っておりました。その時はまだ、時期尚早だとフィルがそう思うから私に話さないのだと。きっとフィルは私に自ら説明をくれるのだと。
それでもその事は私を酷く動揺させ、恐怖の底に陥れ、深い悲しみを与えました。

「お話し中すみません、フィル。私やっぱり車で待っていてもいいですか?」

私の顔が酷く動揺していたのでしょう、フィルはとても心配そうな顔をして私を見ました。

「着いていなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」

私はもう一度精一杯笑い、会場を出ました。ボーイの案内でフィルの車にたどり着いた私はバックシートで膝を抱え、自分を落ち着かせようと必死でした。

「何故、死ぬの?」

独り言の質問は誰も答えませんでした。ただ頭をよぎったのは怪物の存在です。そもそも怪物が一体何なのか、私はわかっていませんでした。どういう姿でどういう理由で“彼等”を襲うのか、何も知らなかったのです。その怪物は神に召された遣いという事なのでしょうか。とても恐ろしい姿をしているのでしょうか、それとも神々しく輝く姿なのでしょうか。私の疑問は尽きませんでした。
私は人間でしたが、“彼等”の住むこの町だけが私の知る世界で、大切な故郷だったのです。その町が死に絶えると私はどうなるのでしょう、一緒に死ぬのでしょうか。私はそう考えて、少し安堵しました。
置いていかれるのはとても悲しい、私も一緒に死ねば良いのだと、そう思ったのです。
しばらくして、オークションが終わったのかボーイが車を取りに来て玄関口まで運びました。玄関口ではフィルが待っていて、ボーイから鍵を受け取ると、運転席より先にバックシートのドアを開けました。

「大丈夫ですか?」
「もちろんです。人混みが久しぶりでしたので、外の空気を吸いたくなっただけです」




死人の吸い止し



written by ois







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