白いタイル、白熱灯、白衣。ここは真っ白だ。上を見ながら歩いていると、頭がおかしくなりそう。

私の仕事は午後8時から午前3時までの7時間。単純な作業員なので他の職員と違い、定時で帰れる。と言っても帰って待つ人もいない寂しい家が待っている。
私が取った理容師免許も、ここではあまり意味がない。仕事で切る髪はいつも嫌がって頭を振り回す。人間は髪を切るのが嫌いだ。中には大人しい物もいるけど、大抵は唸りながら嫌がる。

「アン、ランチどうする?」
「行くわ」

同僚のレイチェルはブルネットの髪をきれいに結い上げて箸で挿して止めている。今流行っているらしいが、あれはフォークと同じじゃないのかといつも思う。
午後の仕事が終わって食堂に向かうと既に職員で埋まっていた。レイチェルと列に並ぶと、いい匂いが漂って来た。順番が回って来ると、白衣に白いゴムマスクをしたブロンドのパートタイムの女が無表情にこちらを見た。

「オーダーを」
「何が残ってます?」
「国産ホワイトの雄、日本産イエローの雌のロース以外、ドリンクはマイナスが売り切れよ」
「いつ来てもマイナス無いじゃない」
「先着順です」
「じゃあ雄の脚のレアと、A型を。アンは?」
「同じでいいわ」

トレイをずらすと注文した肉がプレートに盛られ、コップに血が並々と注がれた。

「たまにはホワイトの雌がいいなあ…ブロンドの」
「髪は関係ないでしょ?」
「あら、知らないの?ブロンドは昔育ちが良かったから遺伝子から美味しいの。うちもそれで髪別で部屋に分けてるのよ」
「そう、まあ私は貧乏舌だから違いなんてないわ」

ナイフを入れてみたら、肉の切れは悪かった。

午前の仕事はB棟の白人を順に。A棟は白人の女、それ以降は人種別に交互に並んでいる。A棟は三週間かけて全部終わったが、就職してこれが何度目かわからない。毎日毎日人間の髪を切る、それだけを繰り返し、次に見る時は年長の人間から加工場に出荷されていなくなっている。単調で、機械のような仕事だった。
B棟に着くと管理職員と手続きをした。厩舎の中で、人間を食べてはいけない、また管理職員の許可なしに連れ出してはいけないなどの基本的規約から、人間の聞こえるところで言葉を発してはいけない、分かりやすいコミュニケーションを取らないなどの行動規約までを毎回書類で誓わないといけなかった。
書類のサインを終え、私は男の飼育職員二人と厩舎に入った。厩舎内の部屋は若い年齢順に番号が振られ、年齢毎に部屋の内容が異なった。一部屋五人ずつ入れられ、幼児番号では飼育職員が24時間付いている。
全て牢屋のように鉄格子が付いていて、全裸の人間は美味しそうな匂いを漂わた。入ってきた私を不審そうに見たが、それも柔らかい表情に見えた。人間達は飼育職員の顔を見ると、とたんに怯えだし、部屋の隅に足を引きずるように逃げた。

「うー、あー!あー!」

部屋では一つの家族のような信頼感があり、必ず一人のリーダーがいた。この部屋のリーダーは残りを腕で庇い、飼育職員に向かって唸っていた。
飼育職員の二人はアイコンタクトで動きを合わせ、まずリーダーをとらえた。手足を掴み、その両方に錠をしてから布袋を頭にかけた。飼育職員はリーダーを両脇から抱えこみ、床を引きずって洗浄室に連れてきた。
洗浄室にはあらかじめ木製の椅子が用意され、首の裏までの背もたれには首輪があり職員はリーダーの首に首輪を付けた。リーダーの首には筋が走り、ガタガタと動かした。手足も椅子にベルトで縛ると、職員はリーダーの後ろに回って布袋を取った。
白熱灯の光に目をチカチカさせて最初に見た私を、睨んだ。私はゴムマスク越しにリーダーを見た。とたんにリーダーは叫び散らして私を威嚇した。
私はハサミを持って髪を切った。近付けられる刃物にリーダーは怒り、私の手に噛みつこうとしたが、職員がそれを押さえつけてやめさせた。
髪は男も女も短くショートカットにする。男には長く、女には短いほどの長さに一律だった。繁殖用は食用と別に育て、その子孫がまた繁殖用となる為に、同じ世代では似ている人間が多く、髪型も同じなのでいつも見分けがつかなかった。
一人目が終わると、職員が同じように縛り直し、別の人間とシフトして私が待つ部屋に連れて来た。そして私が髪を切る。それを繰り返して二時間が経つころには私は15人の髪を切っていた。これで今日の仕事は終わりだった。
片付けをして、私は職員と厩舎を出る事にした。他の飼育職員と何度かすれ違ったが、もちろん全員契約書にサインしているので目を合わすだけで何もしなかった。何人かは社内での友人だったが、それがここでは赤の他人のようだった。
丁度、後片付けをしている食事係のレイチェルとすれ違い、その視線を外した時、人間と目があった。その人間は、あまり人間らしくなかった。
部屋は10b5号室、ここは珍味として高級な人間を飼育している並びで、その部屋の中全員特殊だった。他は血液型がRHのマイナスだとかハーフだとか、さほど珍しくはないけど、その部屋の人間は一番特別だった。休暇の時期に金持ち達に売る為に大事に育てられている。
一人は真っ白のアルビノ、もう一人は男なのに性器がない。そして最後の一人、両目の色が違う虹彩異色症の少年と目が有ったのだ。緑の方を見たのか、ブラウンの方を見たのかわからない。
人間らしくないと思ったのは、その視線の雰囲気だった。人間は私達を恐れている。視線に怒りや、恐れ、威嚇が込められている。
その少年は、ただ見ていた。観察するように、物を見るように。鉄格子に寄りかかり、膝を抱えて、長い髪越しにただじっと見ていた。私は目が離せなかった。前に髪を切った時を思い出せない、その時、こんな人間がいただろうか。
立ち止まって見ていると、後ろから飼育係に押され、前に行くよう促された。私はもう一度だけ少年を見た。その時、初めて少年の表情が変わった。私が一度目を離して、もう一度見る為に振り返った事に気付いたからだろうか。
少年は目を見開き、両手を鉄格子にかけて身を乗り出した。まるで一秒でも長く私を見ようとしているようだった。その反応がまた不思議で、私は目が離せず、歩きながら少年が見えなくなるまで見ていた。飼育係が私の背中に当てた手に力が込められ、怒っているようだった。
厩舎を出るころに、それが間違いでなかった事を知った。

「さっき、何をしてた」


ぼつ



written by ois







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