「お兄ちゃん、これケイちゃんから」
バイトから帰って晩御飯を食べようと、母さんが用意してくれているのをリビングで待っていると、詩織がお皿に乗ったチョコレートケーキを持って来た。
「何で…お皿に」
混乱し過ぎて最初に出た言葉はそれだった。本当はもっと色々あるんだけど。例えばこんなに険悪になってしまったのにチョコレートをくれるなんてとか。
「今日三人でこの家で作ったから」
「…シオリ達からは無いの?」
「無いよ、ケイちゃんからだけじゃ不満なの?」
「そんなわけ…」
「ないよね、わかってる」
「シオリ、俺を慰める為に嘘ついてるとかじゃないよね?」
「慰めるわけないよ、どっちかと言えば罰したいくらい。お兄ちゃんはお兄ちゃんが思ってる以上にケイちゃんに酷いことしてるって、そろそろわかってよ」
酷いことしてるのは、自覚してる。全部俺のエゴで、ここまでなったんだから。
「ケイちゃんが男に作ったチョコは、二人の父親とお兄ちゃんだけだよ。その意味がわからないの?」
兄弟みたいに好きって事でしょ。受け取る側としての意味は、そうだな、去年とは全く違うけど。
でも、そんなわかりきった事を詩織が言ってくるとは思えない。詩織は観察力が鋭いから、何もかもわかっていて、俺に何かをわからせようとしてる。それが何か、俺はまだわかってないって?
『南野さんは絶対、桜谷くんの事好きだよね』
『でも、間違ってないよ〜?確認したの〜?』
『同じ恋する乙女だからわかるの』
安東さんが言った事を思い出した。彼女が恋していたのが俺だったなんて、そんな恥ずかしい事は置いといて。
『確認したの〜?』
してない。
1ヶ月ぶりにもなると、さすがに17年の付き合いがあったって気まずい。というか17年の付き合いがあるから、たった1ヶ月の間が緊張をさせる。俺は久しぶりにする電話の為にいつもより遥かに早く起きた。
何でこんなに緊張するんだってくらい緊張していたけど、ケイが普通に返してくれるので、何とか本題にまでいけた。
「話があるんだケイ、今日一緒に行かない?」
『…うん、わかった』
緊張し過ぎて手がビリビリする。みんなこんなもんなのだろうか。
ケイが準備を終えるまで、俺は部屋をうろちょろして時間を潰していた。時間になって、俺は家を出て南野家の前に立った。一分もしないで圭は家から出てきた。
色々言葉を用意していたのに、真っ白になってしまった。久しぶりに圭と一緒に登校するだけなのに、こんなに浮かれるなんて。
「おはようミヤビ」
圭は笑顔だった。ああ、もうどうしよう。挨拶の仕方を忘れた。
「…どうかした?私…何か付いてる?」
「いや、そんな事ないよ」
「緊張し過ぎ、謝るなら今よ。許してあげるから」
圭は俺の緊張をわかりきっていて、しかもそれをほぐそうと冗談まで言ってくれてる。自惚れてるわけじゃないけど、圭だっけこの険悪さを気まずく思っていたはずなのに。
「…ごめんね」
「いいよ、私もごめんね」
「何でケイが謝るの?」
「いや、しつこかったかなって」
「謝る必要なんか、無いよ…」
圭は笑顔で俺を見てから、先に歩きだした。それすらも、もうため息が出そうなほどだった。
「それで、結局好きな人はどうなったの?何で私と仲直りする気になったの?」
ああ、口の中がカラッカラだ。
「うん…それが、周りの人がみんなして、その人とは両想いだろうって言うから…」
「ふーん」
圭は足元を見たまま、曖昧な笑顔を浮かべていた。
「それで、告白しようって?あんまり私と仲直りする理由に聞こえないけど」
圭は笑った。
「そういう事…」
「今日、逆チョコをあげるとか?それって効果あるわよきっと。あ、わかった私に相談したかったのね?そんなに緊張しなくてもいいでしょう」
「逆チョコは用意してないんだけど、ケイ」
先を歩いて時々振り返っと会話をしていた圭の腕を掴んで引き止めた。ちょっと立ち止まって欲しくて。圭はびっくりした顔をして振り返った。おかげでまた頭が真っ白だ。
「どうしたの?」
「…あ、…」
「何」
圭はまた冗談ぽく笑った。
「間違ってたら、笑っていいけど…、周りが言うには、ケイと俺は…両想い…らしいんだ、けど」
俺が用意していた言葉とは、多分かなり違うけど、真っ白なんだから仕方ない。
「い、意味わかんない…」
俺は胃が落っこちたみたいに感じた。間違ってた、死ぬほど恥ずかしい。
「ごめん、そうだよね、俺も違うってみんなに…」
「違う、そうじゃない。誰だか知らないけどみんなは合ってる。そうじゃなくて、何でそれで私を避けるのっ?」
…、質問よりも、みんなは合ってるって言葉の方が気になるんだけど。
「…ケイには、彼氏が…」
「そっか…やっぱり私が悪かったんだわ、ごめんね。私、自分で気付かなくて…ミヤビが好きだって」
もう息が、止まりそう。周りがよく見えない、もう圭にしかピントが合わない。そしてその圭は照れながら、俺の目をじっと見て、それで好きだって言うんだ。その照れ方、見た事あるよ。
思わず、顔がめちゃくちゃにニヤケてしまった。そうもなるよね?
「顔赤いよ、あとニヤケすぎよ。何か言ってよ」
「…嬉しいよ」
圭はそこでとびっきりの笑顔を浮かべた。
「私もっ。ミャー大好き」
圭は俺の手を腕から剥がして、そして手を繋ぎ直した。
「幼稚園の頃に、海に行った事覚えてる?」
「…どうだろう…覚えてない、かな」
「そう。私もあんまり覚えてないからお母さんから聞いた話なんだけど、あの時私はキス魔だったらしくて」
「へえ」
何で今そんな話するんだろう。さっきより緊張するんだけど。
「お父さんにも、ショーさんにも、ミヤビにもべたべたキスしてたらしいわよ。覚えてない?」
「…残念ながら、覚えてない」
だから、何でそんな話を、今、そんな目で俺を見ながらするの!頭が真っ白どころの話じゃないよ。今自分がどこにいるかもわからない。
圭は笑った。
「残念ながら?」
「…そう、残念ながら」
圭はそのまま、ぴょんと背伸びをして俺にキスした。あんまりに唐突で、色々考える暇もなかった。
「…思い出した?」
「まだ、あとちょっと」
吸い込まれるように、圭にキスすると、自分の唇越しに圭が笑ったのがわかった。思い出せないけど、このまま一生思い出さなくてもいいな。
思い出す努力は、惜しまないつもりだよ。
ファーストキス、覚えてる?
かっ…わいい。お題を見つけて書こうと思った時には何故気付かなかったのか…ここまでの糖度がある事に。
書きながら話を考えたので、後付けに後付けを重ねたのが見え見えです。仕上がりは微妙ですが、あとせっかくの素敵なお題が台無しになっていますが、気に入りました。甘い…お口が甘いです、ご馳走様でした!ミャー私も大好き。あと美歩がお気に入りです。気が向いたら美歩と羽田先輩の話でも書いてあげましょう。多分書かないです。
written by ois