俺は缶コーヒーを飲みながら先の事をどうするか考えていた。公園のブランコは昼間誰も替わってーとせがんで来ず、ここで独り座ってぼうとしていても誰も俺を非難しなかった。
ふと気付くと、どこからともなく鼻歌が聞こえてきた。その曲は今俺の空前の大ブームになっている曲で親近感を覚えた俺は音の発信源を探した。首を回すと公園の外をバギーを押す女が歩いていた。女は所謂ゴスロリで、黒いふわふわとレースを装飾したワンピースを来ていてヘッドドレスをしていた。厚底のブーツをコツコツと鳴らして俺には気付いていない。
俺が疑問に思ったのは鼻歌の声だった。どう聞いても大人の男の声なのに女とバギーしかいない。バギーは座るタイプの物だが乗っているであろう幼児の足は見えなかった。
女は突然向きを変え、バギーをこっちに向けた。俺は声を無くした。
バギーの中には幼児は居らず、代わりに男の頭が置いてあった。帽子を被らされていて表情は見えない。この女は狂気殺人者だと思い、俺は失禁すらしかねない程の恐怖を覚えた。

「ちょっとそこの君、ブランコ隣いい?」

女は可愛らしい声だったが、無表情にそう言った。俺が何も言わずに固まっていると女は別にどうでもいいやという風に首をすくめ、バギーの前にしゃがんだ。

「こら、お前だから言ってるだろう。そんなミニスカートでしゃがむと下着が…」
「今更下着くらいで興奮しないでくれる」

女はバギーの中と会話していた。女の肩口から向こうが見えて男の頭部が喋っているのが確認出来た。どういう事だ?
女は頭を抱えるとブランコに向かって歩いて来た。

「興奮なんかしていないぞ、お前のパンツごときでこの私が…」
「嘘つきなよ、ド変態のくせに」
「ところでお前、もっと愛のある抱き方が出来ないのか。前が見えないぞ」
「見えなくて困るの?アタシが歩いてるんだけど」

女は頭を雑に持ち、帽子は斜めになっていて中が窺えた。外国の男で髪は黒かった。女は何事もなさげに俺の隣のブランコに座った。膝に頭を載せるとブランコを少しだけ揺らしながら前を見ていた。

「あ…あたま…」

驚愕からようやく言葉をひねり出したが、たいした事を言えなかった。それでも女は俺が何を言いたいのかを察したらしく、俺を見た。

「アタシ殺人鬼とかじゃないから安心しなよ」
「そ、それ…なにっ…」
「これ?ああ、エヴァン」
「なんで、しゃべって…」
「何でって聞かれても」

女はエヴァンを見下ろし、何と説明するか瞬巡したが結局何も言わずにため息を吐いた。エヴァンの曲がっていた帽子を整えてまたブランコを揺らし始めた。

「いや教えろよ」

エヴァンがツッコミを入れた。

「自分で言えば?」
「エヴァンだ、よろしくしてくれ君」
「アタシが言った事と何が違うのそれ」
「私は高潔な紳士だ、全知全能で君の事だって何でもわかるぞ」
「歩けない状態で全能って、思いきった嘘ね」

どういう意味か俺にはさっぱりわからなかった。だから黙って引け腰のまま二人を見つめた。女は気を利かせてエヴァンの首を俺の方に向けた。ようやく完璧に見えたエヴァンはパーマをあてた黒髪をくるくると頬まで伸ばして、口髭を綺麗な形に剃っていた。30代くらいでかなり整った顔をしている。

「体は今任務についてるだけで、私が歩けないわけではないんだ。さて佐藤くん、私達はデート、もとい、息抜きの散歩をしているのだが君はこんな所に居てはいけないだろう?」
「デートとか次言ったら死ぬからね、エヴァン」
「どうして俺の名前…」
「君は木島さんを悲しませている、彼女は酷く優しい、君はそんな所にいてはいけない」

何故エヴァンがそんな事を知っているかはもう気にならなかった。俺は図星で、眉をひそめてうつむいた。

「俺は戻らない」
「いいや、君は戻る事になる」
「何でわかるんだ」
「君がまだ子供だからだよ。幼い君は上の人間に逆らえない、逆らう事が大人だと勘違いしてるうちはまだ子供だよ」
「子供あつかいすんな!」
「私からしたら君なんか、赤子に近い」
「うるさい!」

木島は俺に怒った、とても下らない事だった。俺は人の目も気にせず飛び出した。そこにいた全員が俺を見ていた。木島は俺を引き留めようとしたが、俺は周りの誰よりも足が早く、走って出ていった俺を誰も止められなかった。

「戻るんだ、君は戻る事より戻らない事を悔やむ事になる」
「…」

そんな気はしていた。俺が飛び出した事で沢山の人に迷惑がかかるとわかっていた。不安が背後から付いて来て、振り払う事が出来ない。

「木島さんは泣いて君を心配している、戻りなさい」

俺は立ち上がった。複雑な気持ちで、泣けて来たが溢れないように頭を振った。
持っていた一口しか飲んでいない缶コーヒーを女に渡した。

「あげる、俺は戻るからもういらない」
「戻るからいらないんじゃないでしょ、生意気にコーヒーなんか飲むからよ」
「ば、ばかにするな!コスプレ女!」
「マセた餓鬼だね。どこでそんな言葉覚えたのか知らないけど、その口縫われたくなかったらさっさと行な」

冷たい目で睨む女に怯え、俺はブランコの横に置いていたランドセルを担いで慌てて逃げた。
学校に戻るとパトカーが来ていた。担任の木島先生は宿題を忘れたくらいで言い過ぎてしまったわと泣いて謝って来た。そんな姿に俺は後悔して、わんわん泣きながら謝った。






「無料奉仕?」
「違うさ、コーヒーをもらったじゃないか」
「冷めた飲みかけをね」
「リサ、私はアイスクリームが食べたい」

リサは白い目をしてエヴァンを佐藤が座っていたブランコに乗せた。帽子を取り上げると持っていたコーヒーを頭にどばどばと溢した。

「ちょ、待ちなさい!それ完全に虐めだぞ、分かっているのか!」
「悦ばないでくれる、嫌がらせしてるんだけど」
「悦んでないぞ、人を変態みたいに言わ…」
「アイスクリーム買ってくるからそこで待ってな」
「放置プレイ?今の私には猫でさえ脅威なのだが」
「体呼べば。私行って来るから」

エヴァンの帽子の裏にあったブランド物の財布を握り、リサは呼び止める声を完全に無視して公園を出た。コンビニに向かう途中で、慌てた様子の首のない男とすれ違った。


缶コーヒーは悦の味



エヴァンが鼻歌で歌っていたのは、おさかな天国です。古くね?
リサはエヴァンを好きだと思うけど、エヴァンはわかりません。

written by ois







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