そのあとの事をレインはあまり覚えていない。
自分を呼びながらキャンディの部屋に来たレネーが叫んで倒れたような気がする。どうしてかわからないがしばらくして警察が来た。警察の男がキャンディを置いて立ち上がるように指示して来た時、ようやくレインはキャンディから目を離して周りを見渡した。タイルや鏡、ユニットバスが割れて赤い水は空になっていた。自分が入って来た時と状態が違うバスルームに疑問はわかなかった。レネーが叫んでいたのを思い出し、覚えていないがその時に割れたのだと容易に想像がついた。
キャンディを抱き締めたまま固まっていた腕を警官がなんとかほどき、違う警官にレインを引き渡した。
リビングに下りると他に何人もの警察の人間がいてレネーは担架に乗せられ運ばれているところだった。ソファーに座らされ、警察の制服を来ていない男に何か質問されたが、レインの耳には届かなかった。時間が飛び飛びになり、レインはぼんやりしていた。ずっとキャンディが朝書いた曲が頭に流れていた。
その時警官が言った事が耳に入り、レインは顔をあげた。

「…遺書のような物が…」

レインが立ち上がると肩にかけられていた毛布が滑り落ちた。レインはようやく部屋の状況をはっきりと認識した。ソファーで隣に座っていたスーツの男は若く、レインを慰めていた気がする。階段を行き来する警官が10人はいた。ソファーの後ろで小声で話しをしていた二人もスーツを来ていて40代くらいの男と20代くらいの若い男だった。おそらく刑事だ。その二人とソファーに座っていた男は突然立ち上がったレインを目を丸くして見た。

「見せて」
「レイン君、もうちょっと落ち着いてから…」
「見せて、キャンディが書いたのはきっと俺の事でしょ。あんた達が最初に読む方が変だ。見せて」

二人の刑事は顔を見合せて若い方が持っている紙を渡すか躊躇した。

「貸せって言ってんだ!聞こえないのか!」

怒鳴るレインに刑事は眉を寄せて、渋りながら紙を差し出した。レインはそれを素早く受け取って読んだ。譜面だったが罫線を無視して鉛筆で書かれた文字はキャンディが書いた物だった。

‐‐‐‐‐‐‐
お兄ちゃんの書く曲は凄く美しくて素敵
お兄ちゃんは天才
きっと私も人より恵まれている才能を持っているだろうけどお兄ちゃんには劣る
パパやママは私を愛してくれてるけど二人だってそう思ってる、気を使って言わないだけで
お兄ちゃんは愛されるのも上手
お兄ちゃんがいるなら私は必要ない
死にたい
私もお兄ちゃんみたいに綺麗だったら良かった
‐‐‐‐‐‐‐‐

レインは読み終わると刑事に返した。刑事達はレインが泣き崩れると思っていたのか、拍子抜けした顔でそれをビニールに入れる作業をした。レインはソファーに座らずピアノの方へ歩き、ピアノの椅子に座った。三人の刑事は歩くレインを見ていたが、ピアノに座ったところで見るのをやめて仕事を再開した。
レインは後ろで喋る警察の人間達の声がどんどん遠くなっていく事に気付いた。レインの前にはピアノしかなく黒く艶のあるピアノの表面にはレインの顔が写っていた。レインは自分を綺麗だと思った事はなかったがキャンディは綺麗だと憧れ続けた顔がそこに写っていた。
幸せになって欲しかった、笑っていて欲しかった、それ以上にレインは自分が愛している妹に愛されたかった。もう二度と叶う事はないと冷たくなったキャンディの肌の記憶が言っていた。
自分の顔がキャンディを殺してしまった。レインは自分の顔が憎く憎く、耐えられなくなった。ピアノに写る自分の顔を見ながら両手で自分の顔に爪を立てた。

「ああああああ!」

唸るような悲痛なレインの叫びは何も破壊しなかったがそこにいた全員が恐怖を覚えた。レインは立てた爪を肌の上で引きずらせた。

「レイン、やめろ」

誰かがレインの左手首を掴み、後ろから息を荒げている低い声でそう言った。その声は美しかった。誰もが安堵を覚えるその声の持ち主はレインを唯一抱き締めれる人だった。

「…エドウィン…」
「レイン、レイン落ち着け」

レインは立ち上がり父親に向き直った。エドウィンの着ている革製のジャケットに掴まれていない方の手を伸ばした。ジャケットの胸元を握ると、レインはキャンディが死んでから初めて泣いた。
エドウィンは悲痛な姿の息子を抱き締めて声をかけた。

「独りにして悪かった、レイン、お前が居れば大丈夫だとかそんな全部を背負わせるような事…」
「…俺が、俺がキャンディを殺したんだ…」
「そんなわけあるか、レイン落ち着け」
「俺が…俺の顔が…」

エドウィンはそれ以上何も言えなかった。キャンディを殺したという言葉を聞いた刑事も耳を立てたが自分の顔を責めるレインを一瞬でも疑った自分は馬鹿だと思った。




有名な音楽一家の悲劇はニュースになり、キャンディが自殺した家の周りには記者が群がった。キャンディの葬式は質素に済まされ、埋葬の席には数人のエドウィンの仕事仲間と親戚が集まった。レインは帽子を被りエドウィンのサングラスをして参列し、一度も泣かなかった。レネーは出席しなかった。
そのあともエドウィンは忙しく、レネーのいる病院と警察とレインのいるホテルを行き来し、仕事もこなしていた。
レネーはしばらく入院生活になった。何も食べず、目を覚ますと泣き叫ぶので、点滴で栄養補給し眠らされていた。
レインは家に帰らずホテルに住んでいた。仕事は一切せず、結局マイジの仕事も降りる事にした。エドウィンが居ない時はMonophony.Eの他のメンバーが顔を出してくれた。ツアー中だった三人だがボーカルのエドウィンが出られないという事で、ツアーは中止になった。チケットは払い戻しになった為更に話題性を呼んだが、三人は公の場にしばらく出なかった。

「エドがレネーとの電話の途中でレインに替わってって頼んだけど誰も電話に出てこないから心配して自宅に警察を送ったんだよ。報告を待たずにエドは文字通り飛んで帰ったんだ」

ドラムのマーティは朝食にルームサービスを取り、ホットコーヒーを前にして手を付けないレインにキャンディが死んだ夜の事を教えてくれた。
マーティは明るく、訃報に落ち込むジャッド家を支えた。エドウィンのお金だしと、豪華な朝食をがつがつと食べていた。

「それで今忙しいけど別にレインをほったらかしてんじゃないよ、エドウィン忙しいから私らで良かったら話聞くしここにいるからね」

ベースのヴィヴィアンはマーティを白い目で見つめ、コーヒーに砂糖を大量に入れながら言った。煙草を灰皿に落とすとそのコーヒーを飲んで苦いと文句を溢した。

「うん…わかってるよヴィヴィアン…ありがとう」
「え、俺には?」
「…うん…マーティも」
「あはは!嫌そうに言われてやんの」

笑うヴィヴィアンにマーティは口を尖らせた。エドウィンと同い年に見えない程若々しい二人にレインはすこし穏やかな気持ちになった。

「はーあ、全くレインはかわいいねえ。あ、しばらく私の家に来る?」
「…それ、どういう意味?」
「え?いやホテル暮らしもなんだから…」
「じゃなくて、かわいいって」

マーティとヴィヴィアンは上げていた口角を下げてレインを見た。苦しい沈黙をマーティが破った。

「俺もかわいいと思うぞっ、な?エドの息子は俺の息子も同然だからなあ、レインの為なら何でもするぞ」
「私もそう、愛しくてしょうがないんだよレイン、かわいい我等が息子よってね」

レインは気を使う二人にストレスをぶつけた事を後悔してうつむいた。

「…ごめんね…そんなつもりじゃなかったんだけど」

ヴィヴィアンは溜め息を吐いてレインの肩に手を置いた。

「ねえレイン、あんたは頭がよくて色んな事を知っているかもしれない。でもまだ12歳なのよ、全てを受け止めて責任を負うなんて事しなくていいのよ。何かを我慢する事が大人というわけではないの、私からしたらそんな事するのは大人ではないわ」
「…俺は大人じゃないよ、わかってる」
「そうね…」

ヴィヴィアンは肩に置いた手を戻した。シュガレットケースから煙草を一本取り出して火を点けた。マーティは朝食を再開したが、さっきの三倍は行儀よく食べた。
沈黙を破ったのはレインだった。

「ねえ…お願いがあるんだけど、二人は協力してくれる…?」
「もちろんよ、何でも言って」

ヴィヴィアンとマーティは明るい顔をして身を乗り出した。



エドウィンはその日レネーの病院には寄らずにレインの泊まるホテルに直行した。病院に言ってもレネーは寝ている。レネーよりも今はレインが心配だった。マーティがいつもとは違う声のトーンで電話をしてきたのだ。
ホテルに着くとドアマンがドアを開けてお帰りなさいと言った。エドウィンは会釈し小走りでエレベーターまで向かった。ボタンを押してそわそわ待っているとレストランからピアノの音が聞こえてきた。この国にはピアノを弾ける奴なんてごまんとといるが、自分の息子が弾いているかそれ以外かくらいは聞き分けれた。
レストランに向かうとシャンデリアが吊るされている豪華な空間の中心に真っ白のピアノが置いてあった。ピアノを囲む様に置かれているテーブルには何人かの客がいて、何かを食べたり飲んだりしながらそのメロディに耳を傾けていた。ピアノに座って弾いている人は間違いなくレインだったがエドウィンの知っている後ろ姿ではなかった。
エドウィンに似たイエローブロンドのキラキラした髪を黒く染めていた。レインはキャンディの葬儀からずっと黒い服しか着なくなり、黒いシャツに黒いパンツ、黒い靴を身に付け、全身で喪に服していた。
演奏が終わり、パラパラと拍手が起こるとレインは立ち上がってエドウィンのいる出口に向かって歩いた。途中でエドウィンの存在に気付き立ち止まった。レインは反射グラスの眼鏡をかけていて、レインの顔を知る人間でもそれをレインと見分ける事は難しかった。

「おいで、部屋に帰ろう」

エドウィンは手を伸ばしてレインに言った。レインは目を伏せてエドウィンの横に収まった。


レインの過去



written by ois







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