音の国“ニンニナンナ”で1988年に大ヒットした曲、「sweet」はエドウィン・ジャッド率いるロックバンド、Monophony.Eの代表曲となった。この曲は当時、エドウィンの恋人に歌われたものだと公表されていた。
二年後の1990年にエドウィンが結婚した事により、あの名曲の相手が天才ピアニストのレネーである事がわかり、大物音楽家二人の結婚は話題を呼び国中で祝杯があがった。もちろん翌年1991年に誕生した第一子にも注目が集まり、レイン・ジャッドは生まれながらに音楽としての期待をされ、その期待に応えるだけの才能を持っていた。




「レニー、明日連弾のコンサートが終わったらマイジの人が会いたいって。コマーシャルに起用してくださるそうよ、曲を」
「…わかった。キャンディにも言っとく」

2003年、レインが12歳になる年で妹のキャンディが10歳になる年だった。二つ下で産まれた妹もまたレインと同じように音楽の才に恵まれ二人は天才音楽家としてニンニナンナで名を馳せていた。
レインは家庭教師に出された課題を片付けるとホットチョコとクッキーを持ってキャンディの部屋に行った。部屋に入るとキャンディは電気を消して窓から入る月の光だけを頼りにピアノを弾いていた。明日の連弾の曲ではなく、童謡をキャンディアレンジした曲だった。

「お兄ちゃん、こんばんは」
「…キラキラ星?綺麗だね」

マグカップを渡すとキャンディはふぅふぅと息をかけて冷ましてからチョコをすすった。

「…明日なんだけど、コンサート終わったらコマーシャルの事で製菓会社の人が会いたいって」
「コマーシャルに出るの?」
「…いや、曲を使ってくれるってレネーが言ってた」
「そうだよね、私なんか出れるわけないもん」
「…」

レインは父エドウィンの容姿から受け継いだイエローブロンドの髪を長めに伸ばし、白い肌の頬に翳していた。薄いグレーの瞳は月光を背にしてレインを見ている妹の輪郭を見つめた。キャンディの表情は暗くてレインには見えなかった。

「…いいな、お兄ちゃんは綺麗で…」

キャンディは何一つレインに似ておらず、母レネーの容姿を受け継いでいて、黒髪に琥珀色の目をしていて色白だった。美少女だった。しかし生まれつき左頬から首にかけて赤黒い痣があった。火傷痕のような物で、ひどく醜かった。キャンディはそれを気にして前髪を長く伸ばし、左側に垂らしていた。

「キャンディは綺麗だよ…」
「…そんな訳ない、慰めて欲しいなんて言ってないでしょ!」
「…ごめん」
「出てって、明日朝早いもん」

寝るにはまだ早いがレインはクッキーをピアノの上に置き、お休みと挨拶をしてキャンディの部屋を出た。階段を下りるとキャンディの怒鳴った声が聞こえていたのか、レネーがリビングのソファーの横に立って下りてくるレインを見つめていた。

「どうしたの…?」
「…何でもないよ、レネーが心配する事は何もない」
「…そういう所、お父さんにそっくりね。自分だけでしょい込むんだから…」
「…ごめん、でも本当に何でもないよ」

レネーは昔からずっとキャンディが痣を気にして嘆く度に、自分が綺麗に生んであげられなかったのがいけないのだと泣いていた。それを抱き締めて慰めるエドウィンの姿を見て育ったレインは、レネーの痛みをよく知っていた。エドウィンの背中ばかり見て育ったレインにはエドウィンが国内ツアーで居ない今その位置に居るべきは自分だと思っていた。
レネーは眉をハの字に下げて微笑んだ。

「まだ寝るには早いわねえ、お夜食食べる?」
「…レネーが食べたいんでしょ、いいよ」
「ふふ、ブラウニー作ろーっと」
「あ、じゃあ俺、カクテル作る」
「いつの間にそんなの習ったの?もう…エディったら12歳の子に変な事ばっかり教えるんだから」
「…まだ下手くそだから、エドウィンが帰って来るまでに上達させる。好きなだけ飲んでね」
「任せてー♪」

レインとレネーが日付を跨ぐまで夜食パーティーを楽しんでいる間、時々キャンディの部屋からピアノやハープの音が聞こえていた。キャンディが得意な楽器だが、一番好きな歌は聞こえなかった。
キャンディは悲しい事やストレスを作曲にぶつける癖があった。レイン達は邪魔をするより作られたその曲を褒める方がキャンディは喜ぶと知っていたので、気付かない振りをした。



次の朝、レインが目を覚ますとレインのピアノに座ってキャンディがレインの知らない曲を弾いていた。不協和音の目立つ、暗く寂しい曲だった。

「…おはよう…何で俺のピアノで弾いてるの?」
「お兄ちゃんが起きないからずっと寝顔見てたの。それでも起きないからお兄ちゃんを曲に書いたの。おはよう、朝ごはん出来てるよ」

鉛筆で簡単に書かれた譜面をキャンディは無表情にレインに差し出して、部屋を出ていった。
譜面を見てレインは無意識に泣いていた。歌詞の無い短い曲だったが、キャンディが何を思って書いたかがわかった。レインの寝顔を見て自分の顔にコンプレックスを持つキャンディの恨みにも似た憧れを書いていた。
レインは心から妹を美しく才能溢れる人だと思っていた。可愛くて愛しかった、大切にしていて幸せになって欲しかった。
キャンディは心から兄に嫉妬して、嘆いていた。
届かない愛にレインは傷付き、久しぶりに流れてしまった涙が止まらなかった。

コンサート会場は大きなホールで満席だった。その五割はミーハーなファンで、ほとんどはエドウィンとレインのファンだった。二割はゴシップライターなど音楽を知らないメディア関係の人で、残りは評論家や音楽を趣味に生きている様な人などのコアな音楽家だった。つまりスタンディングオベーションで拍手をしたのが五割、座って礼儀的に拍手をしたのが二割、しかめ面で拍手もしなかったのが残りだった。
“残り”が一番正しい反応だった。ひどい演奏だった。

マイジの支部会社に向かう途中の車で、レネーはキャンディの隣に座り、手を握っていた。バックシートが対面式になっている座席の運転席側に二人は座り、車の後ろ側にレインは一人で座っていた。

「キャニー何かあったの?今日の演奏…あなたらしくないわ」
「私らしいって何?譜面通りに弾いたら私らしいの?」
「…違うわ…でも、あなたならレインと息の合った…」
「息合ってたでしょ、お兄ちゃんが無理矢理私に合わせてたから。いくら無茶苦茶に弾いても、お兄ちゃんは天才だから…」

「違う!!」

突然叫んだレインをレネーとキャンディ、更に二人専属の運転手もバックミラー越しに振り返った。レインは眉をひそめてキャンディを見ていた。

「違う…どうしてそんな風に言うのキャンディ、才能は測れないのに」
「音楽だけじゃない、何をやってもお兄ちゃんの方が上手だし、それに…!」
「レニーはあなたより二つも年上なのよ?」
「容姿は?ねえ、ママだって見たらわかるでしょ、どっちの方が綺麗かなんて!」
「どっちも綺麗よ、そんな風に言わないで…」

レネーが泣きそうになったのを見てキャンディは怒鳴るのを止め、何も言わずに腕を組んでうつむいた。

マイジに着いてもキャンディは押し黙ったままうつむいていた。
会社の中はお菓子のポスターが貼られた廊下が続き、受付から案内してくれた女の人は迷わず営業部に三人を案内した。新商品コマーシャルの担当責任は眼鏡の男でシャツをラフに着ていた。その男は気持ちの悪い程笑顔が張り付いた顔で個室へ三人を案内した。
男と白いテーブルを挟んでパイプ椅子に座ると直ぐに若い女の人がジュースを二つとコーヒーを二つ運んで来た。ジュースをレネーに譲り、コーヒーを受け取ったキャンディを見て男は少し戸惑っていたが、何も言わずに話を始めた。受け答えはレネーがした。

「実はですね、既に発表された曲を起用させて頂こうかと思ったのですが、そちらさえよろしければ新しく書いていただけないかと思いまして」
「何か問題があったのですか?」
「いえ!とんでもない。社長のご希望でして、大変才能溢れる二人にテーマソングを書いて頂けないかとの事でして。こちらもこの新商品に力を入れておりまして、かなり売り上げを期待されますので、CMの曲は消費者様の間でも定着するような特徴ある物を希望しておりまして」
「はあ…二人はどう?二人が決めて?」
「私はいいよ」
「俺も別に…新しく書くくらいそんなに渋る事でもないと思うよ」

クールな返答の二人に男は少し苦笑いになった。

「ありがとうございます、曲の詳細についてはまた後程深くお話しします。それよりももうひとつこちらから提案と言いますか、オファーがあるのですが」
「何でしょう」
「イメージキャラクターを是非レイン君にという案が部署内で持ち上がっておりまして」
「イメージキャラクターというと…CMに?」
「ええ、それだけでなくポスターや新作発表会見にも…」

「何で?」
「あ、それはですねレイン君は非常に新商品の消費者ターゲットの年層に人気を博して…」
「じゃなくて、俺だけなのは何でって聞いてるんだけど。作曲は俺達二人になんでしょ?」
「いえ、そちらの都合でしたらレイン君一人で書いても…」
「そういう意味じゃないよ!」

レインは怒鳴ると同時に立ち上がった。怒鳴るレインに男は眉をひそめ、初めて張り付いていた笑顔を外した。
レインは隣に座るキャンディに視線を落とした。キャンディはうつむいて手を握り締めていた。カタカタと震えていたが顔は見えなかった。その姿にレインは怒り心頭になり男を睨んだ。

「そんな仕事、俺はしない」
「そ、そんな!」
「すればいいでしょうお兄ちゃん、どうして断るの?」

キャンディはレインを見上げていた。震えを止め、静かな面持ちで微笑んでいた。

「どうして断るの?」

何が言いたいかはわかった。男はただレインが人気だからとしか言っていない。それはつまりキャンディは出さなくていいという意味だが、キャンディを貶してはいなかった。レインの態度の方がキャンディを傷付けているとキャンディは言いたかったに違いない。
レネーは何も言わずに二人を交互に見つめていた。レインはそのレネーと目が合うと椅子に座り直した。

「…ごめんなさい…お受けします」
「あ、あっ、本当ですか!それは良かった!それではですね曲の事なのですが…」

帰りの車では誰も喋らなかった。



レインの過去



written by ois







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