目が覚めると、まだ陽は昇っていなかった。
数秒間、自分が何故目覚めたのかわからなかったが、すぐに障子戸に月明かりに照らされた人影が動いているからだと気付いた。

斗師は音を立てずに身を起こして構えた。しかし、耳をすまして聞こえた声に聞き覚えがあって目をひそめた。
戸を開けて見た向こうには、中庭と月と家を囲う塀と、母がいた。

紗織は髪を布で巻き、安い桃色の着物を来て門へ向かっていた。紗織の後ろには二人の使用人がいて、大きな風呂敷の包みを2つずつ持っている。

「母上…?」

斗師が戸惑って声をかけると、紗織は振り返った。
そのまま何も言わず、涙を流して立ち去った。斗師は困惑した顔でその姿を門を出て見えなくなるまで見続けたが、紗織は後ろを二度と振り返らなかった。

斗師は混乱し動けずにいると、縁側の廊下をユリが走って来た。

「斗師さん…、ごめんなさい、私…止めたんですけど、」
「どういう事ですか、ユリ」

ユリは動揺しながら、手紙を手渡して来た。麻紐で結われ、三つ折りにされていた手紙を開くと、中には紗織の字で、事の顛末が書かれていた。


先の北隣の大名家、石垣里の武家八木澤との戦にて藤堂が敗北し、野佐倉が怒り藤堂の武家の称号を剥奪した。すぐに噂は広まり、藤堂の家は羞恥の目に晒されるだろう。
私はそれに、耐えられぬ。
当たり前のように有った金も、すぐになくなるであろう。雇っていた使用人はユリを残して、全てに暇を出した。
ユリを私の代わりにとは言わぬ、私を許せとも言わぬ。お前を置いて去る母をいくら罵倒しても私は反論出来ぬ。
人の目に晒される事を恐れる私で、申し訳なかった。曹斎にも、そう伝えてくれ。

藤堂 紗織


斗師は震える手で手紙を畳んだ。ユリはその様子を涙ぐみながら横に座って見ていた。

「…父上は…ご無事なのか」
「はい、ただ…」
「…負傷ですか?」

ユリは目を伏せて正座した膝に両手を重ねて握った。

「本家の…曹兼様が、亡くなったそうです」
「…!」

曹兼は曹斎の実兄で斗師の叔父だった。
藤堂は数からして負け戦と言われている戦でも諦めの悪さと狡猾さと少数精鋭で勝利を討ち取って来ていた。それが何故敗北を認めたのかと思えば、頭がとられていたのだ。
いくら狡猾であろうと、頭がとられては動きようがない。

ほんの数回しか会った事のない叔父が亡くなった事は悲しむより悔しかった。
斗師は苦悶の表情を浮かべ、無意識に力の入った手が母の手紙を握り潰していた。

「…父上はいつお戻りに?」
「明朝、早くにと伺っています。おそらくあと一刻もしない内に…」

ユリの言った通り、父曹斎はまだ薄暗い内に残った数人の兵を連れて帰って来た。帰って来た全員は馬ですら負傷していた。

ユリが曹斎の手当てをしている間、斗師は曹斎の前に座り紗織の事を話していた。曹斎は静かに聞いていた。
曹斎は斗師とほとんど同じ顔をしていて、長い銀の髪を頭の高い所で結っていた。瞳の色だけ薄い斗師と違って黒い目をしていた。
思慮深い漆黒の瞳は、7年連れ添った妻の夜逃げを憂いて聞いていた。

「そうか…儂等が敗れたせいで紗織は…」
「違います父上、叔父上が失態を…」
「曹兼を悪く申すな!!」

突然怒鳴った曹斎に驚き、帯を巻くために隣にいたユリは体をびくつかせて仰け反った。
曹斎は息を荒げて斗師を見つめたが、しばらくして自分を落ち着かせるように目を閉じた。斗師は同じ轍を踏まないように、慎重に声を出した。

「…父上…?」
「いや…すまぬ、急に…ユリも悪かったの」
「いえ、私は大丈夫です」
「どうされたのですか父上、叔父上と何か…?」

曹斎は開いた目を下に向け、思い出していた。鮮明に蘇る記憶に、再び目を閉じた。

「曹兼は…儂をかばって死んだのじゃ…」


斗師の過去



written by ois







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