「あ!こら4号!」

細くて綺麗な模様をした三毛猫の4号は飼い主の叫び声を無視して、溢したコップの元から逃げ去った。
ジルの部屋は二年前に連れ込まれた7号を最後に猫の増加は止まった。一ヶ月前に2号が老衰で死んでしまい、猫の数は6匹になっていた。
いたずらっ子な4号は、ジルが淹れたはいいが飲み忘れて冷えてしまったコーヒーを研究資料に溢して姿を消したが悪びれる様子はなかった。

「やってくれたな、大事な研究資料に…」

タオルで拭きながらジルは4号を睨んだが、4号は首を傾げてニャアと言った。
ブーブー独りで文句を言っているジルの耳に足音が聞こえて来た。ジルの家は地下にあり、その出入口が一つしかなかった為、足音のする方は直ぐに察しがついた。地上から続くコンクリートの階段を下りて来ている音で、女物の靴特有のコツコツという鋭利な響きだった。ジルの家に訪ねて来る人間は極端に少なかったので、一体誰が来たのかとジルは訝り、身構えた。
天井に付いている扉は躊躇なく開き、訪問者は梯子も使わずにぴょんと飛び降りて姿を現した。
スラッとしたスレンダーな体格に、タイトなパンツスーツを纏った女で、黒い髪は短く泣き黒子が右目の下にあり、一番目をひくのはその肌の白さと赤い目だった。
ジルの知らない女だが、肌と目の特徴からバンパイア族の人間だとわかり、しかもジルの家に訪ねて来てお構い無しに入り込むようなタイプの人間には覚えがあった。
ジルが配下に付いている組織、コープスズの人間だろう。

「…いらっしゃい。君は誰かな」
「ハートのエース、ティオ」
「ハートの…エース?」

コープスズはトランプのスートで4グループに分かれており、武力や権力を持っている順にキングから2までを与えられ、その12人によりグループは支配されていた。
しかしエースは特殊で、配下を持たない代わりにコープスズのトップであるジョーカーと接触でき、キング、クイーンの重要な任務に就かされたり、組織内の掃除をするのが仕事だった。
掃除とはつまり、裏切り者やあまりに使えない人間の排除の事だ。
wingsを従えているジルは組織内の掃除屋を目の前に、命の危機を感じた。
もしかして、バレたのだろうか。

「そう身構えるな、お前を殺しに来た訳ではない。…それとも何か、エースに狙われるような事でもしているのか」
「…そんな心配はしていないよ。僕はスペードの研究者だから、どうしてハートの人間が来るのかなと思って…クイーンの遣いかな」
「ミサト様の命で来た訳ではない、だからお前が考えているような理由ではない」

ハートのクイーンであるミサトはコープスズ内でもかなり有名な話で、スペードのキングであるリュウに心底憧れていた。事ある毎にスペードの人間にちょっかいを出してはリュウの気を引いているのだ。

「先日、クイーンの基地に工作員として置いて欲しいと三人の男が来た、そいつらの過去を洗ってもらいに来た」
「過去を洗う?そんな事する人間、いくらでもいるでしょう。どうして僕なの」

その三人にはかなり覚えがあった。間違いなくwingsの隼人と双子のナイトとルークだった。wingsの立てたスパイ作戦はジルの耳にもしっかりと届いていた。
ジルは動揺が表に出ないよう、平気な顔をして言ったが、緊張は最高峰だった。エースに命を狙われて生き残れるのはキング達とジョーカーくらいで、ただの研究員であるジルにはとてもじゃないが敵う相手ではない。

「確かに人員は多いが暇人なのは研究班くらいだ」
「だったらハートの5の班に頼めばいいでしょう、ハートの研究班でしょう」
「お前一介の研究者のくせに言葉遣いを間違えてないか?」
「…」

ティオはジルに近付き内ポケットから二枚の写真を取り出してジルの前にかざした。そこには予想通りの三人が写っていた。
ジルは怪しまれないように三人の顔を初めて確認するかのように見た。

「まだ子供ですね」
「そんな事は私達に関係ない。それよりも特にこの男については既にある噂がある」
「噂?」
「雲の国の王族ではないかと」

ほとんどバレてんじゃん!隼人…。

「王族の人間がコープスズに入りたがりますかね」
「名前は左から隼人、ルーク、ナイトと名乗っている。この双子は同じ顔に見えるからどっちなのかは把握しないが、一人探ればもう一人も分かるだろう。
コープスズのデータベースにアクセスする許可もだす、必要なら三人がいたと思われる現地に人員を派遣する権限もやろう。今すぐ取り掛かれ」

情報網ではおそらく世界一を誇るコープスズのデータベース、アクセス許可が降りるなんて願ってもないチャンス。引き受けてwingsである事がバレない程度の事を探り出したふりをしよう。

「わかりました、取り掛かれますが一つやっぱり気になるので教えてもらえませんか」
「何だ」
「何で僕なんですか」
「…奴らの最後の目撃情報が、非常にここから近いからだ」

ティオはそう言うと顕微鏡や試験管立てを押し退けて机に座った。パソコンの前に座るジルが完璧に見える位置だった。

ジルはティオの目的を理解した。

最後の目撃情報という事はティオは既に三人の事を調べている。どこまで分かっているのかはわからないが隼人が王族だという事や本名ももう既に分かっているのだろう。王族の人間や医者の息子達が突然コープスズに入団したいなど、何かあるに決まっている。コープスズの情報を与える誰かが後ろについているのではと睨んだんだろう。最後の目撃情報が近い事とこの辺で唯一本拠地にしているジルの研究室を疑っているのだ。
ミサトの命令ではないと言っていたので、ティオだけが怪しんでいるのだろう。エースは洞察力に長けていると聞いた事があった。
わざとデータベースにアクセス出来たりという自由を得て、ジルが何をするのか監視するつもりに違いない。そうと分かれば出来る事は一つだった。真面目に調べて、今ティオが知っているだけの情報を渡すだけだ。
アクセスが一度出来たなら、もう一度入る事も不可能とは限らない。ロイに連絡を取ってハッキングしよう。だから今はデータベースに何もしない。

数日かけで真面目に導きだした結果を、その間ずっとジルを監視し続けたティオに渡した。ティオはじっとジルを見つめたが、ジルのけろっとした表情を見て短くため息を吐いた。

「ご苦労、研究に戻れ」
「はい、では」

ティオは既に見た事のあるだろう資料を持って数日ぶりにジルの研究室を後にした。ジルは帰って行くティオを見て、ほくそ笑んだ。


頭脳戦、無敗



ジルが真面目に見える、奇跡の短編。まあまあお気に入りです。頭いい設定って難しいです、頭悪いんで。
written by ois







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