斗師が寝てしまうと、起きているのはロイとレイチェルだけになった。不眠症のレインはWINGSの主治医としてロイが危険と判断し、睡眠薬で眠っている。

ロイは斗師の眠る相部屋を出て、リビングにいた。ノートパソコンをテーブルに置き、腰掛けると隼人が忘れて行った煙草が目に入った。
シルバー製のシュガレットケースには草冠の模様が彫ってあった。ロイは中から煙草を一本取り出すとコンロまで歩き、口にくわえて火を着けた。
肺いっぱいに吸い込み、ゆっくり吐き出した。舌に煙の味が残る。隼人の煙草は全て隼人自身の巻いた物で何種類かあるが、これはロイの好きな味だった。

足音がして、梯子からレイチェルが降りて来た。煙草をくわえたままのロイと目が合うと、少し驚いた顔をして目を瞬せた。

「やあ、レイチェル今晩は」
「…今晩はロイ…あなた、煙草吸うのね」
「昔吸ってたんだ」

灰を灰皿に落としながら、ロイはパソコンの前に座った。

「こんな夜中にどうしたのかな」
「眠れなかったから朝食用のパンを焼こうかと思ったの。あなたが起きてて良かった、話し相手がいて」
「座ったらどう?僕も止血薬を改良する余地を考えてたんだけど、進まなくて」

レイチェルは綺麗な形の口を微笑ませた。何も言わずに振り返ると、戸棚を開けた。

「何か開けましょうか、ワインがいいかしら?シャンパンもあるわ」
「シャンパンはお祝いのお酒でしょう、ウィスキーが開いてなかったかな?」
「ええ、有るわ。水割り?ロック?」
「ソーダがあればハイボールに」

ハイボールのグラスを置き、レイチェルはロイの前の椅子に座った。お互いのグラスをコンッと乾杯をすると一口飲んで、ロイはグラスを置いてレイチェルはグラスを回して顔にかざした。グラス越しに見えたレイチェルの瞳は黄金に光って見えた。

「ずっと君に聞きたい事があったのだけど聞いてもいいかな?」
「何?」

煙草を一口吸って一息置いてからロイは聞いた。

「君は、永遠に生きる事をどう思ってる?」

レイチェルには予期していない質問だった。不死族のレイチェルは今年既に百八歳で、これからいつか死が別つまで長い長い年月を生きて行く事になる。
WINGSの全員が死のうとも、若く美しいまま生き続ける。違う時代と違う友と生きる事になる未来が既に見えているのに、それを理解した上で何を思ってWINGSの全員に笑いかけているのかが知りたかった。

しばらくの間、レイチェルは喋らずにグラスに口をつけていた。ちょうどロイが煙草の火を消した時、レイチェルは話始めた。

「永遠の命は別れを意味すると思うわ」

アルコールが回ったレイチェルは意識ははっきりしていたがいつもは真っ白の肌が少しピンクになっていて、艶っぽい。

「私が二十歳の時、とても素敵な人と知り合ったの。愛してたし、愛してくれてた。綺麗なブルネットの髪の人で、とても優しかった。幸せで幸せで、この人の為に生まれて来て、今まで学んだ全ては意味のない事に思えた。彼に愛される事だけが全てだった。何も、誰も、私達を邪魔出来なかった。そう思ってたの。でも違った。
彼は人間だったの。
時間は容赦なく残酷だった。唯一私達の邪魔をした。私は四十歳になっても若くて出会った頃のままだった。でもその時彼は五十歳になっていたの。私は気にしていなかったし、彼は変わらず美しいと思っていたの。でも彼は私を見てそうは思わなかった。彼は私の元から居なくなったわ。
彼が居なくなってからもう、どんな別れも感じれなくなったの。彼を失った以上の悲しみは有り得ないから。だから私はこの永遠の命について何も思ってないのよ。ごめんなさい、これで答えになってるかしら…」

ロイは両手の指を組み、レイチェルの瞳を見ながら話を聞いていた。グラスの中の泡が弾ける音と、パソコンのファンの音が異様に大きく聞こえる沈黙が流れた。

「それは感情が死んだのかな」
「違うわ、嬉しいと微笑む事が出来るから。悲しいと泣く事も出来る、ここのみんなの事を両親よりも愛してるわ」

ロイがグラスを傾け飲むと、グラスの中の氷がカランと音を立てた。
ロイは立ち上がり、レイチェルの横に立った。レイチェルはきょとんとしてロイを見つめた。

「愛してるなら、別れは悲しいはずだ。どっちが嘘なんだいレイチェル。別れを何とも思えない事の方?それとも僕らを愛してる事の方?」

レイチェルは眉を寄せ、明らかな焦りを見せた。何か言いたそうに動く口からは一言も出てこなかった。

「僕らの誰かが死ぬと、どう思うの?」

レイチェルは綺麗な目から涙が落ちた。
顔を歪める事はなく、一滴だけ静かに涙は落ちた。時間は更に残酷で、愛していた記憶をただの思い出に変えてしまった。彼を失った悲しみ自体が、思い出になり薄れている。思い出の彼より、今生きているWINGSのみんなの方が愛しいのだ。死ぬ事を想像なんて、出来ない。
レイチェルは目を伏せて少しだけ口を開いた。

「…とても、悲しいわ…」
「そっちが嘘で、良かったよ」

ロイは泣いているレイチェルの頬を指で撫でて涙を拭いた。レイチェルはその手を目を瞑ったまま握った。

「その悲しみの中で、僕の死が一番悲しくありたいと願うよ」

レイチェルは驚いた顔をしてロイを見上げた。どういう意味だろう。

「僕ならそのブルネットのように逃げたりはしない、君が老いた僕を見て逃げない限りね。君の隣は僕が死ぬまで僕のものにするつもりだけどいいかな」

レイチェルの綺麗な髪も声も指も目も、全てを手にいれる。ロイは尋ねるように言ったが、ロイの手を握るその手を誰かに渡す気などさらさらなかった。言い損なんてする気はない。

レイチェルはまた泣き出して、ありがとうと小さく言った。もう一度ロイを見上げて泣き顔で微笑んだ。

「あなたが死ぬ時は一緒に死ぬ覚悟で」
「はは、嬉しいね」

「私の隣があなたの物なのではないわ、あなたの隣が私の物なのよ」

ロイはレイチェルの隣に座った。
この席を未来永劫、我が物とする為に何でもしようと誓った。

煙草とハイボールの味がした



ふわふわ黒々カップル、麗しのレイチェルを手にいれる黒ロイ。くろろい。どきゅーん。
written by ois







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