「10年後に迎えに行く、必ず行くから待っていてくれ」

愛してる、そう言って彼は居なくなった。

私は孤児院にあずけられて、彼は走って逃げた。血の着いた私の服はすぐに捨てられて、私は新しい服を与えられたが、彼の血が付いた聖書は取り上げさせなかった。
私は今でもその聖書を枕元に置いている。ただ、彼を待ってはいなかった。彼はきっと私をなだめる為に10年後にと言ったのだ。
何処へ行っても彼は全身黒の男達に命を狙われていた。10年なんて待っていても会いに来てくれる事も無かったし、ハガキの一枚も届かなかった。

きっと彼は、死んだのだ。

今はただ、思い出として命を助けてくれた彼を思い出しながら、私は働いている。愛してるとキスをしたのを覚えてる。彼は私を突き放して出来ないと言った。
私はあの時12歳だった。

22歳の今の私は、人を殺して生きている。誰にも愛されず、誰にも信用されない。私は誰も愛さず、誰も信用しなかった。

仲介屋の事も、私は信用していなかった。
仲介屋は昔私を殺そうとしていた黒い男の一人に、そっくりだった。仲介屋は何も知らずに、私が嫌っている事を会う度に嘆いていた。

「もう五年も経つのに、お前は俺に一度も笑ってないんだぜ?」
「だから何、仕事に支障が?」
「ねえよ、ほら、次のヤマだ。明後日こいつがこの街に来る。派手にはやるな」

仲介屋は持っていたファイルを、私へ押しやった。次の獲物と、差し出されたファイルには彼の写真が付いていた。
10年前に愛してると言って消えた、あの彼だった。10年経っているが、私がその顔を見間違えるなんてあり得なかった。その写真には彼が写っていた。
私はこの人を殺さないといけないと、思った次に頭をよぎったのは年齢だった。
10年前、彼は28歳と言っていた。ファイルによると、彼は今でも28歳だった。顔も10年前と同じだった。

人違いなのか?いいやあり得ない。私は決して彼を間違えない。
ただ言えるのは、この写真の男が彼であるのはあり得ないという事だけだった。

顔には出していないつもりだったが、仲介屋は私を不信な目で見た。

「おいどうした?やれないのか?」
「…いいや、問題ない」

私はファイルを持ってダイナーを後にした。

私が彼に再会したのは、"明後日"だった。彼を尾行し、ホテルを突き止め、彼が外出した後にその部屋に侵入した。尾行し、監視していると、どんどん彼が10年前の彼と同じに思えて、私は混乱をしていた。私は彼があの彼とは違うと確信出来るまで殺せる自信が無かった。
侵入した部屋で、"獲物"の荷物を物色した。小さな鞄が一つだけで、中身も少なかった。
中からは、私が持っている聖書が出てきた。血は付いていない。でも確かにその聖書は私が今アパートに持っている物だった。
私はその聖書に集中し過ぎて後ろに注意を払うのを怠っていた。銃のハンマーを下ろす、ガチャという音が聞こえ、私は両手を上げた。

「どこの掃除屋だ」

その声で、私は確信した。これは彼だ。何故かはわからないが彼は歳を取らない。
私は立ち上がり、彼を振り返った。
もう死んだと思っていた。待ってなんかいなくて、私にとっても懐かしい思い出になっていた。しかし彼はやっと私を迎えに来たのだ。

「覚えていたんだね」
「…何故俺を殺そうとする奴を、俺が知っているんだ、俺はお前なんか知らない」

私は衝撃を受けた。彼は私を迎えに来たのではない。私なんか忘れていた。

「…何を泣いている」
「現実に」

私は両手を上げたまま、10年ぶりの涙をハラハラと流した。彼は私に銃を突き付けたまま、じっと私を見た。

「抵抗しろ」
「私はこの10年目を待っていた、あの日私に待てと言った人が目の前で銃を突き付けるなら、私はこの為に生きて来た。殺せ」
「お前に会った事はない、人違いだ」
「違わない。私は間違えない」

彼は無言で銃を突き付けたままで、泣き続ける私の目をじっと見た。
そして、銃をおろした。スミスアンドウェッソンのマガジン式の黒い拳銃。見覚えがある銃だ。
私は手を下ろして、涙を拭った。

「あんたの雇い主を教えろ」

私は深呼吸して、彼を見据えた。

「私をここに置いて、今ではあなた位腕が立つ。生かすも殺すも自由にして構わない」
「邪魔だ、俺は一人で動く。雇い主を教えろ」
「邪魔だと思った時は見殺しにして構わないから」
「…それで、雇い主は」

私は仲介屋の名前と、こっそり調べた裏にいる組織の頭の名前を言った。彼は頷いた。

「なるほど、彼奴等か」
「…信用してもらえたか?」
「いいや…」
「私はどうしたらいい」
「好きにしろ」

彼は私の足元の鞄と聖書を取ってソファーにそれを置いた。私の全身をなぞって、銃を全て抜き取り、鞄の中のガムテープを取り出して私の両手両足を縛ってから、彼はバスルームに行った。
ベッドに腰掛け、私は目を瞑っていた。私が彼を殺さなかった事はどの位でバレるだろうか。その前にアパートに一度帰ってあの聖書だけは持って来ないといけない。
バスルームから出てきた彼はタンクトップに黒いズボン姿で、手には炭酸水の瓶を持っていた。背中側のズボンに銃を挟んで、炭酸水を飲みながら彼はじろじろと私を見た。
私も彼を見返した。息苦しいほど心臓がドクドク動いている。

「お前…誰なんだ」
「10年前にあなたが救った命」
「そんな覚えはない」

彼は私のガムテープを剥がした。まず手首から剥がし、続いて俯き足元のテープを剥がしているその近さに堪えておれず、私は思わず彼の首元に手をポンと置いた。風呂上がりの彼は熱く、直ぐに手が湿ったが、そう思った時には頭に銃を突き付けられていた。銃口は額に付いていて、私は緊張して筋肉が張った。

「その銃は突き付けたままでも構わない…から、」

私は彼の目を見て、少しずつ近寄った。

「隙を付こうとか、情に付け込もうとか…そんな作戦でもない…」
「…何をする」

彼は銃口を私の額から離しはしなかったが、近付く私から逃げなかった。私は目を閉じて彼に10年ぶりのキスをした。彼は全く口を動かさなかったが、あの時の様に出来ないと突き放しもしなかった。
一度唇を離して、彼の息がかかる位置で彼の目を見上げた。彼の目には少しだけ迷いが見えた。そこで私の理性は全く飛んで行ってしまった。
両腕を彼の首に回し、文字通り貪る様に抑えきれないキスをした。相変わらず彼の反応は薄かったが、額から銃口の感触が消えた。
もう一度唇を離して彼の目を見ると、葛藤が見て取れた。私は首から離れて一歩下がった。

「…隠し武器は持っていない」

私は服を脱いだ。下着を残して全てを脱ぎ、頭に手を置いて回って見せた。回ってもう一度彼を視界に捉えた時には、彼も銃をソファーに置いて、ベッドの横に立つ私に触れる位置にいた。
無表情だったが、私が少しだけ微笑むと、私をベッドに押しやり、タンクトップを脱いで私にキスした。
私の気持ちは満たされたが、10年の渇望は底を尽きず、彼が何度果てようと、私の体はいつまでも彼を求めて離せなかった。

目が覚めると、シーツに絡まっている私の隣に彼の姿は無かった。私は飛び起きたが、彼を再び無くすという恐怖は杞憂に終わった。
彼は黒のズボンのみの姿で銃を握り、ソファーに座ってまた炭酸水を飲んでいた。彼はまだ、無表情に私を見ていた。

「おはよう」
「…もう昼の二時だ」

私はそう言われて、ベッド横のテーブルに置いてある時計を見た。
寝すぎた。仲介屋との約束に遅れている。

「…私をここに置く許可を…貰えたの…」
「…ああ、勝手にしろ」

私は思わず、満面の笑みでその彼の言葉を飲み込んでしまった。その腑抜け顔に彼は目を反らして、居心地悪そうに立ち上がり、私の服を投げて寄越してから、またバスルームに消えた。
しかし喜びはすぐに不安に切り替わった。
予定より遅くなっているのに、連絡を寄越さない私に仲介屋は不審感を覚えている筈だ。もうホテルに監視が付いているかもしれない。
ここを何事も無く出て、アパートに戻る事は出来ないだろう。組織の人間がどの位私を調べているかわからないが、どんな危険を侵しても、私はあの聖書を取りに行くつもりだった。
私はバスルームをノックした。彼は開けていいと言った。中に入ると彼は便器に座って煙草を吸っていた。

「あなたの使い捨て駒になる前に、どうしても家に取りに行かなくてはならない物があって、それを取りに行きたい」
「リスクを侵すような奴は仲間にいらない、行くなら帰って来るな」
「…それは必要な物で、」
「行くな、間違いなく組織が張っている、お前の裏切りはもうバレているんだろう」
「…それはまだ、確実ではない。疑っている程度かもしれないし、上手くやれば監視を騙せるかもしれない」
「可能性が少しでもあるなら駄目だ、…監視がいるのか?」
「予定の時間を越えているから…窺う為に置いているかもしれない」
「…とりあえず、場所を移る。お前を信用し、武器を渡すが裏切るなら容赦はしない、常に背中を狙われていると思え」

彼は煙草を加え、持っていた私の銃を反対に持って私に差し出した。私は受け取り、ベルトに挟んだ。
結果として、ホテルに監視はいなかった。彼の車に乗って違うホテルに向かった。その途中、私のアパートの近くを通ったが、彼は寄ってくれなかった。

「お前はどこで極意を習ったんだ、危機管理能力がまるで駄目だ」
「あなたに習った」

彼が教えてくれたすべてを、私は覚えていたが、彼は怪訝な顔をしてそれ以上何も言わなかった。


タイトル無しです



タイムラグ有りすぎてオチを忘れたので挫折認定。いや覚えてるんですが、そこに行くまでをどうするか忘れたので、もー無理です、体力ないです。レオンにハマってる時に書いていました。"私"可愛い。
written by ois







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