今日は広辞苑の[落雷]まで読んだ。そろそろ帰るか。
重たい広辞苑を持つと右腕が痛いと叫んでいた。無視をして、本棚に直した。また、傷が開いたかな?

「聡」

自宅の最寄り駅に着くと、黒のワンピースを着た長い髪の女が名前を呼んだ。

「ロゼ、どうしたの」
「もう一度電車に乗るよ、これ、キップ」
「え、何しに行くの」
「デート」

従姉妹のロゼは純イギリス人で青い目、ブロンドの髪だった為、人混みでは目立っていた。
手を引いて改札を抜けたロゼに英語で話しかけた。

『いきなりどうしたの?』
『何でもないよ、スティーブには許可してもらってるから安心して』
『そんな事はどうでもいいよ、何でいきなりデートなの?』
『久しぶりに遊びに行こうと思っただけよ、切符無くさないようにね』
『子供あつかいしないでよ、毎日電車乗ってるのに』
『わかったわ、今日だけは子供あつかいしない。今日は楽しみましょう』

ロゼは腕を絡ませて来て、にこにことしてホームに向かった。
何となくロゼのこの機嫌の良さは自分の腕にある切り傷が関係していそうだ。気付いていたが、知らないふりをしておく事にした。精神的に参ってやったわけではないから。

電車に乗り二駅を通りすぎると県内一の繁華街に着いた。ロゼは僕の腕をぐいぐい引きながら綺麗なショップに次々と入った。試着をするロゼにコメントを求められたので適当に褒めると、ムッとして購入を諦めていた。

「そんな高い靴、買ってどうするの」
『そんなに高くはないわよ!』
「三万のヒールが?ロゼもしかして父さんに小塚いでも貰ったの?」
『少しだけよ、いいって言ったけど聡をディナーに連れて行くならその分くらいとか言ってくれたんだもの』
「まあいいや、父さんの金なら無駄遣いしても。ていうか晩御飯代くらい僕が出すよ」
『そうよねー、社長息子だものね。ブランドの靴くらいで高いなんて言う方が変よ』

結局ロゼはフルコーディネートを購入し、着替えて街を歩く事になった。僕が制服だとお酒飲むお店に入りづらいという理由で僕の分までフルコーディネートをして、着替える羽目になった。

『それで晩御飯は何食べたいの?』
『雑誌でいい所見つけたの!少し歩くけどいい?タクシー使う程の距離じゃないしこの車の両じゃ歩いた方が早いと思うわ』

繁華街を離れ少し路地を歩くと人混みは消え去り、車の音が遠くに聞こえた。

『見えた、あそこよ』

ロゼが指した方を見ると、白い外観の店と同時に、知った顔を見た。車が迫っているのに飛び出そうとしているその人を、後ろにいた男が引き留めた。

「サトル!」

一瞬自分が呼ばれたような感じがしたが、その人も同じ名前であると知っていたので驚きはしなかった。
驚いたのはその人が佐伯智という僕の教師で、名前を叫んだのが佐伯智の教え子だった事だ。腕を引っ張られ、背中を教え子に預ける佐伯はほとんど抱きしめられているような状態だった。
僕らと佐伯の間で、背の高い欧米人が白猫を抱えていて、それを目で追っていた佐伯が、僕らの存在に気付いた。何故か佐伯以外の三人も僕の方をじっと見た。

「佐伯先生?」
「グ、グラントくんっ…こんばんは」

先生と言った事でロゼが興味を持ったのか、進み出て佐伯と話し始めた。僕は僕の方を見ていた三人を見返した。猫を抱えている男は知らないが、他の二人は知っていた。一人は勿論同じ学校の生徒で、一年生の鳥山だ。
もう一人には少し驚いた。見るのはいつもテレビの向こうだったからだ。本名なのかは知らないが佐倉チェリーという女優だった。そういえば目元が鳥山に似ているかもしれない。姉か何かだろうか。
挨拶を終えたロゼが佐伯に手を振り、僕は佐伯に少しだけ笑いかけた。佐伯は何とも苦い顔をしていて、教え子と教師の間であるまじき事を見られてしまったと顔に書いてあった。それがおかしくて、僕はお店に入るまでクスクス笑っていた。

『何を笑っているの?』
「ん、内緒」

笑っている僕を見て、つられたロゼは笑顔で聞いてきたが、僕の返答につまらなさそうな顔をした。
四人が食べて立ち去った後らしいテーブルを二人の給仕が片付けていた。その横を通り、僕らが案内されたテーブルに座ると、ロゼは早速僕の方に乗り出した。

『さっきの先生、美人だったね』
『そうかな?』
『そうよ!見る目ないのね』
『そうだね』

僕が適当に返すので、ロゼは不満気だった。しばらくして料理が運ばれて来て、ロゼの話は進んだ。

『聡が思う美人ってどんな人なの?』
『ロゼは美人だよ、イザベラも』

イザベラというのは僕の叔母で、ロゼの母親だった。

『ありがとう…、でも女の子は?学校に可愛い子とか、ちょっと気になる子とかいないの?』
「露骨な質問だなあ、期待に沿えなくて悪いけどそんな子いないよ」
「ロコツ?」

ロゼが解らない熟語に顔をしかめるのを、僕はクスッと笑った。

「それで、わざわざデートなんてしたのはそんな事を聞く為だったの?」
『違うわっ…!…いえ、つまりそうだけど、』

ロゼの様子が面白かったので、僕が笑うと、ロゼも眉を垂らし、ため息を吐いて笑った。

『正直に言うわ、私は心配しているの』
『…何を?って聞くのはあまりに馬鹿みたいかな』
『言いたくないならいいの、心配しているだけだから、無理に聞き出したいわけじゃなくて』

僕は表情を変えないまま、僕の包帯を見つめるロゼを見た。

「ありがとう、僕も理由を言いたくないわけじゃないんだ。ただ…」

僕は言い淀んだ。あまり言葉を濁す事がない僕のその様子に、ロゼは真剣な表情になり、僕をじっと見据えて次の言葉を待った。

「わからないんだ、僕にも」

ロゼは何も言わなかった。

「一つだけ言えるのは、僕は死にたくてやったんじゃなくて、生きていくのに必要だったからやったんだって事。だから心配しなくていいよ」

僕がにっこり笑うと、ロゼもぎこちなく笑った。

『わかったわ』
『でも何でこの話と女の子の話が繋がるの?』
「んー、ナイショ」

ロゼはさっきの僕を真似て、そう言い、ウィンクした。その楽しそうな顔には何かありそうだったけど、僕は追求しなかった。

「気になる子はいないんでしょう?」
「あ、いるよ、気になる子ならね」
『嘘!誰だれ?どんな子(girl)なの?』
「ガールじゃないよ、他のクラスのボーイだよ」

それを伝えた瞬間のロゼの顔は見ものだった。凄い勢いで険しくなって開いた口がふさがらない様だった。

『それは…』
「今度、ちゃんと話してみようと思ってる」
『そう…!それは、そうね、いい事ね…』

明らかに引いた様だった。ロゼはワインをグイッと飲み、続きを食べ始めた。何だか変な勘違いをしているんだろうけど、様子が面白いからその気になるの意味がただの興味である事は内緒だ。
何故なら、僕は今も昔もずっとこの可愛い年上の従姉妹が気になる子、だったからだ。

「ロゼ、今夜も綺麗だよ」
「ありがとう、聡。あなたも素敵よ」

僕は微笑むロゼに、クスッと笑った。

探求心は邪悪心




上3分の1は二年ほど前に書いた物なので途中でなにやら色々変わっていますが、愛嬌、という事で(適当)。
written by ois







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