その夜、私は夢を見た。

今いる廃屋にいた。まさに包帯を変えた時と同じ状態だった。月光を背にノーランがそこにいたが、一つ違ったのは、顔がはっきりと見えた事だ。
私の傷を見ながら手当てを続けるその顔は、そばかすだらけのあどけない顔で、暗くてわかる筈はないのにその緑の瞳が光って見えた。赤い巻き毛で、眉にかかるくらいの長さだった。

クリスだった、死んだ弟だった。

私は抱き締めようとしたが張り付けられたように腕は動かず、無事だったのかと尋ねようとした声は出なかった。
するとクリスの口から血が流れ出た。だらだらと流れ出るのにクリスは気にも止めず、微笑んだままだ。皮膚は溶け出し、そばかすだらけの頬にどろどろと流れた。髪は抜け落ちる、それでもクリスは微笑んでいる。
その口が、喋るように動いた。声は聞こえなかったが、何と言ったかわかった。

“誇リニ思ウ”

やめろ、間違えている、逃げるんだ、死ぬな、頼む、代わりに私が死のう、だから誇りなど捨てて、生きろ
声が出ない私は頭で叫び続けた。
すると突然、クリスは笑うのをやめた。まだ原型を留める右目から、一滴だけ涙を溢し、血だらけの口を震わせた。

『何もない人生だった、僕はようやく死ねる』

目が覚めた、でも何も見えなかった。
まどろみの中で意識を無くしていた私が、暗闇の中で目覚めても、それが本当に目覚めなのか分からなかった。

自分の荒い息が耳に付き、悪夢にうなされていた自分に気付いた。
右手を動かすと、人の肌の感触がした。指でその輪郭を確認すると、それが手だとわかった。ノーランは一晩中私の手を握っていたのだろうか、手と手の間に熱が込もっていた。
しかしそれは、少し気持ちが悪い話だった。男の手を握っているだなんて。私はノーランの手から自分の手を抜き取った。

「ノーラン」

私は声をかけた。
ノーランは返事をしなかった。

「ノーラン」

もう一度呼んだが、ノーランは返事をしなかった。寝ているのか…、いつもは私が起きると必ず起きていたので、少し不安に思った。
私は上体を起こして、壁に体重を預けた。その時足がノーランの肩に当たった。その体は当たった時の衝撃で、簡易ベッドから滑り落ちた。私はしまった、と思ったが、ノーランは起きなかった。

「…ノーラン?」

それでも声は返って来なかった。
私は冷や汗が吹き出た。夢の中でノーランの顔が血だらけのクリスだった事が頭を過った。
目元の包帯の右側を雑に押し上げ、周りを見た。太陽の光が目に染みて、涙が出たが、周りを確認するのをやめなかった。
ノーランは簡易ベッドの横で倒れていた。私は全身の痛みも無視して、ベッドを飛び降りてノーランの横に膝を着いた。
うつ伏せだったノーランの肩を裏返して、自分の腕の中に納めた。火傷の腕が傷んだが、それに集中していられなかった。
ノーランは夢に見た通り、そばかすだらけのあどけない顔で、赤い巻き毛だった。
しかしクリスではなかった。そして着ている軍服は私の物とは違っていた。おかしいと思っていたのだ、一等兵が軍曹に敬語を使わないなんて。
ノーランの着ているのは、敵軍のモスグリーンの軍服だった。

そして私は思い出した。
ノーランと私は確かに知り合いではなかったが、こうなる前に出会っていた。

暑い日差しの下で、帽子をかぶっていた敵兵の一人に、私は横から銃を突き付けていた。敵兵は跪いて、両手を頭の高さに翳していた。
その時、一陣の風が吹き、敵兵の帽子が脱げたのだ。その顔は数日前に死んだと聞いた弟の物と、そっくりだったのだ。私は息が詰まった。敵兵は横顔で、口を震わせ、涙を溢した。

「何もない人生だった、僕はようやく死ねる」

その時、ヒュルルという砲弾の飛んでくる音が聞こえ、意識するよりも先に体が動いた。近くに落ちる、それがわかって私は咄嗟に弟を庇った。それが見ず知らずの敵兵である事は忘れていた。


ノーランはまだ微かに息をしていた。頬骨が突き出ていて、唇はカサカサだった。首も手首も痩せ細り、恐ろしい肌の色をしていた。まるで死人のように青いのだ。
思い出せない、ノーランは私に与える以外に食事を自分に与えていただろうか。

「ノーラン…お前はちゃんと水を飲んだのか…?飯を食べたのか…?」
「…僕には…親が居なかった…」

ノーランは目を開けた。瞳の色はグリーンだった。

「まさか全部…」
「孤児院で育ったけど…友達も居なかった…」
「関係あるか、お前はまだ16なんだろう!何故死を選ぶ!見ず知らずの、敵兵の為に…!」
「じゃあ何で、僕を助けた…何で"見ず知らずの敵兵の為に"、…爆撃の…盾になった…」

違う、私が助けたのは…

「僕が生まれた事に意味があるなら、それは君の為だ…僕はどのみち死ぬ」

この戦争に勝つのはおそらく私の国だろう。味方が迎えに来たら、敵兵のノーランは捕虜になり、どのみち殺される。ノーランはその事を言っているのだ。

「…戦争がもうすぐ終わるなんてのは嘘だよ…いつ終わるかわからない…それまでの食料はない…二人分はね」

自分の限界を予知していたのだろうか、ノーランは手当て出来なくなるから、最後に私の包帯を変えたのか。
その全てを捧げ、私の命を助けたというのか。

「誰に気にかけてもらえた事もない……僕は、愛した事も愛された事もない」
「私が愛そう」

ノーランは微笑んで、涙を目尻から溢した。

「ほらね…だから、僕は君の為に…命すらかけたんだ」

私は二度、弟を亡くしてしまった。


軍曹は生きた?
軍曹は死んだ?

戦場で再会した副産物の誇り



written by ois







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