目が覚めた、でも何も見えなかった。

まどろみの中で意識を無くしていた私が、暗闇の中で目覚めても、それが本当に目覚めなのか分からなかった。
全身が痛い、熱い。何も見えないが他の五感は働いている。指を動かせば自分が寝ている下に敷いてある布の、粗い目の感触がした。息を吸い込むと、自分の汗の匂いと、薬品と火薬の匂いがした。息を殺して耳を澄ませば、どこか遠くで爆撃の音がしていて、その音は今いる場所まで届いて響いていた。反響の雰囲気からして、広くて外の音が入りやすい窓が開いてる場所だ。

でもそれがどこなのか、わからない。
こうなる前、私はどこにいた?何故何も見えないのだ。私は上体を起こそうとしたが、全身の痛みがそれは無理だと叫んだ。
力を込めて、痛みで呻いた自分の声はこの空間に響いた。

「…気付いたか」

私はその声に驚き、声がした方に顔を向けたが、やはり何も見えなかった。若い男の声だったが、聞き覚えはなかった。

「だ、誰だ!ここは何処なんだ!」
「落ち着くんだ、ここなら攻撃はされない。僕は味方で、君は負傷して包帯を巻いているから目が見えないんだ」

男は動揺してじたばたしていた私の両肩を押さえ、もう一度寝かせようと力を込めた。

「味方?何のだ、…私は…私…」
「記憶がないのか?」
「私は…」

息が止まりそうだった。私は誰だ?

「君は軍人、名前は…レヴィット軍曹だ。僕は一等兵のノーランだ」
「私を知っているのか?」
「いいや、軍服に書いてある。偶然僕らだけ生き残った、数日もすればこの戦争も終わり、仲間が助けに来てくれるだろう…それまでの辛抱だ」

ノーランは私が力を抜いて素直に横になると、肩から手をのけた。椅子に座っていたのか、その足が床を擦る音がして立ち上がった事がわかった。

「意識が戻って良かった、水を持って来るよ」
「…私は…何日気を失ってた?」
「2日。相手の砲撃が近くに落ちて…君は全身打撲、左目は火傷だ。救護班はやられたけど、薬品だけ残っていたから手当て出来たよ」

ノーランは隣に座り直すと、飲めるか?と聞いて、私の肩に手をあてた。
私はとても喉が渇いていて、掠れた声で飲むと答えた。ノーランは私の背中に手を入れて、私が上体を起こすのを手伝った。ノーランは私の口に水筒の口を当てて傾け、水を飲ませてくれた。私の喉は潤い、溜め息が出た。
美味しいとは言い難い水だが、今の私には最高級のワインのように甘美だった。

「ありがとう…ノーラン」
「…いいんだ、いつでも言ってくれ」
「君は怪我してないのか?」
「かすり傷程度だよ」

私とノーランは奇妙な距離感のまま、それからの日々を過ごす事になった。

私達は色々な話をした。ノーランの家族の話や、この戦争の話。
戦争の話をしていると、私は徐々に記憶を取り戻して行った。

「何を思い出した?」
「…軍曹に昇進した時の事だ」
「どんなだった?」
「弟が…、私におめでとうと言った…そうだ私には弟がいた…弟は…」

…死んだ。
ああ、思い出した、最愛の弟は敵軍の攻撃で死んだのだ。別の部隊で、弟のいる場所は最前線だった。派遣される事が決まった時、弟は名誉な事だと言った。

『僕は国の為に最も誇るべき戦いに死ねるんだ、幸せだよ、兄さんもそうだろ?』

死ぬとわかっていた。私も、弟も。
誇りなのだろうか、私にはわかっていない、私は誇っていたのか?国の為に死ぬ事が、本当に弟の幸せだったのだろうか。まだあどけない顔の16歳の弟だった。そばかすだらけの顔を、笑顔にふにゃりと歪ませる。その顔が頭いっぱいに広がった。
「…クリス」
「弟の名前?」
「そうだ…まだ、16だった」
「死んだんだね…僕も16歳だよ」
「…そうか、生きていて何よりだ…死ぬ事を誇りになんて思うな」

お前の人生は、まだ長い。国の為に生まれたのではない。
私は左目の怪我が染みて痛んだ事で、自分が泣いていると気付いた。軍の回線で弟の死を聞いた時すら、泣かなかったのに。
そうだあの時は自分ももうすぐ死ぬと思っていた。だから、死別という距離にも泣かなかった。すぐ同じところに行く、私のいたところは死のすぐ側だった。
しかし私は死ななかった。ノーランの介抱で、徐々にそれも遠ざけつつある。私は生き残った、これで弟との死別という距離は果てしない物になった。
泣いている私に、ノーランは水分が無くなるよ、と優しい声で言うだけだった。

ノーランが包帯を変えようと言った時、私は起き上がっていた。壁横に設えられたベッドに寝ていたので、上体を起こすと壁が背もたれになってくれた。
私は左側に火傷が多いらしく、包帯は左足、左腕、左肩に巻かれていた。部屋はお互いの息づかいと、布ずれの音しかせず、ほとんど無音だった。
ノーランは一枚ずつ包帯をほどき、火傷には軟膏を塗った。傷口に入り込む薬の感触に、全身が強張り汗が吹き出た。
左足から始まった作業は、上に上がり、最後に目元の包帯を取った。左目は開かなかったが、右目は開き、私は久しぶりに光を見た。
太陽の光を見ると思っていたが、見えたのは月の光だった。自分のいる場所を初めて目視出来て、そこがコンクリート製の廃屋だとわかった。ノーランは月光の入る窓を背にして、せっせと手当てを続けていた。月は見えなかった。

「夜だったのか…」
「光が見えないと時間の感覚がない?ここは日陰だから、太陽の暖かさもわからないんだね」

ノーランの声は笑っていたが、その表情は見えなかった。月光を背にして、顔は暗かったのだ。輪郭だけは見えたが、久しぶりに使う目はピントを合わせるのが下手になっていて、朧気だった。
ノーランの目の色も髪の色も分からないまま、手当ては終わり、私の目は再び包帯に巻かれて暗闇を見た。

「何故、夜にしたんだ」
「…何で聞くの?」
「昼間の方がやりやすいと思ったんだ、暗い中よく私の傷が見えたな」
「月の光は明るいんだよ」

はぐらかされた、気がした。
ノーランは小さく、微かな笑い声をもらした。
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戦場で再会した副産物の誇り



written by ois







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