午後8時、待ち合わせ場所の駅に着くと鳥山は時刻表が貼ってある柱に寄りかかって誰かに電話していた。黒いスーツを着てネクタイを締めていない首元はボタンを二つ開けている。とても自分のクラスの生徒とは思えない。高校生のオーラではない。

それは当たり前かもしれない。今はもう夜だから。

鳥山はこちらに気付くと携帯を耳に当てたまま目を細めて微笑んだ。

「着いたよ、そっちはあと何分で着く?」

電話の相手にそう問い、答えを聞くとわかったと言って電話を切った。その動きの全てが滑らかで綺麗だった。昼間とはやはり何かが違う。綺麗な容姿が持っている惹き付けるような魅力が何倍にもなったかのようだ。この色香で獲物を捕まえ食事をするのだろう。獣の罠が甘美に漂い、駅を行く人々は女どころか男の人まで鳥山を見ていた。

「叔母さんはどこにいるの?」
「もう店で待ってる、今従兄弟が車で迎えに来てるよ」

獣三人に囲まれて食事をする事を考えると緊張して喉がなる。ハンドバッグを握る力が自然ときつくなる。落ち着かなくては。

「今夜は綺麗だね、赤いシャツなんて挑発にしか見えないな」
「あのね、教師をからかわないでくれる?」「今は教師じゃなくてエスコートすべき女性だよ、ファーストネームは何だったけ」
「佐伯って呼んでていいから下の名前は聞かないでくれる」
「あ、思い出した。智だ」
「…」
「どうしたの智、綺麗な顔が大変な事なってるよ」

何でこんなにギザになったんだ。夜が呼び起こす獣はやたらと女性に易しく出来てる。悔しいが顔が赤くなるのがわかった。

鳥山の従兄弟は無愛想だが、心地のいい声でシャツの色が素敵だと褒めてくれた。黒いミニクーパーの後部座席に乗り込むと隣に鳥山は座った。助手席に座ってくれれば良かったのに。

パーキングエリアに車を置き、少し歩くと白い外観の小さなフランチのお店に到着した。周りは民家や居酒屋が並んでいて、浮く程子洒落た店だった。未体験のフォーマルさに気後れしたがガチガチに緊張した私を鳥山がクスクス笑うので意地で入店した。

「あら、こんばんは、あなたが佐伯さんね!」

鳥山の叔母はとても若く、どう見ても24歳の私より年下に見えた。しかも見覚えがあった。

「さ、佐倉チェリー、さん?」
「キャーッ、ご存知なの?ありがとうっ」

ご存知も何も、知らない人の方が珍しい程知名度のある女優だ。綺麗なストロベリーブラウンの髪をふわふわに巻いて、ピンクのチークと口紅が愛らしかった。テレビで見る顔はしおらしい透明感のある若手女優に見えるのに。こんな有名人が叔母だったとは。

気分が悪くなる程丁寧なボーイがテーブルの椅子を引いてくれ、席に着くとコースが始まった。正方形のテーブルを四人で囲い、私から見て右手に鳥山、左手に無愛想なお兄さん、そして正面に佐倉チェリーが座った。

「緊張してる?ふふ、文字通り噛みついたりしないから安心してね」

前菜のサラダをつつきながら佐倉チェリーが言った。そんな事を言われても笑えない、私はもう既に一度噛まれてる。

「う〜ん、でも美味しそう!あなたもそう思わない?リスト」
「そうだな、匂いが…」
「実際、美味しいよ智は」

今すぐ帰りたくなる話題なんですけど。

「あら?もう飲んじゃったの?正体がバレただけかと思ってたわ、佐伯さんそれで怯えてるのね」
「えっと…」
「ごめんなさいね私ばかり喋っていて、何か質問はある?」
「えっ?私が聞くんですか?」
「そうよ、どうせセイロはあまり教えてあげなかったのでしょう?私達の事」
「教えてあげなかったんじゃないよチェリー、智が聞かなかったから言わなかっただけだよ」

違う、あまりの事に声が出なかったのだ。あの日プールで道連れにされた時、光る目と目があったかと思ったらいきなりシャツのボタンを数個引きちぎり、首元にかぶり付かれたのだ。衝撃的すぎてその日は帰るまで放心状態だった。
不思議な事に傷はすぐに消え去ったし、私は日光を浴びても灰になったりはしなかった。聞きたい事は山ほどあるがまず聞きたいのはこれだ。

「失礼じゃなかったら教えて頂きたいのですが…何歳なんですか?」
「レディに年齢を聞くなんて!って言うところかしら?ふふっ」
「教えてあげたら?反応が面白そうだし」

どういう意味?

「私、105歳よ。体は20歳の時に止まったんだけどね」

一世紀…、私の五倍は生きてる。

「ほら、凄い顔」
「え、じゃあ…あなたは何歳なの鳥山くん」
「俺は16歳、まだ20歳になってないのに成長は止まらないよ。ちなみにリストは53歳、体は25歳だよ」
「そうなのよ、困った事に私の息子なのに見た目は私の方が幼いのよ、おかしいでしょ?ふふ」

料理が次々と運ばれ、佐倉チェリーは質問すればすべて答えてくれた。
鳥山達のようになるには噛まれるだけではない違う方法があるらしい。血を混ぜないとならないらしい。詳しくは聞きたいと思わないのでそこまでにしておいた。

コースはどんどん進んでいき、メインディッシュが下げられデザートのジェラートが運ばれてきた。ラズベリーのジェラートはドーム型に美しく盛られ、真っ赤だった。

「あらあら、挑発かしら。ふふっ」

三人の目が光って細められた。揃って上品にクスクス笑いながらジェラートを食べている。そんな様子を見るとジェラートが違う物に見えてくる。

「佐伯さんのブラウスも素敵よ、私達へのジョークで着てこられたのかしら」

仕事が終わった後、一度家に帰りシャワーを浴びてからこのシャツを選んだのだ。父が誕生日に送って寄越した物で、派手な色に苦笑いしか出なかった為一度も着た事はなかった。
ジョークでも挑発でもなく、威嚇の為に来てきたものだ。びくびくしていられない、私は鳥山の教師なのだから。

「ごめんなさい、気に触りましたか?」
「いいえ、とても綺麗。私の好きな色よ」

「チェリー、お店を変えないか?焼酎が飲みたい」

佐倉リストが話を割って言ってきた。手元のグラスはもう空いているが、それまでに何度もボーイが継ぎ足しに来ていた。どのくらい飲んだのだろう。

「まあ、このワインが気に入らないというの?あなたと同い年を用意したのに…」
「そういう不必要に親バカなとこが気に入らないな、ゲストはこの佐伯さんだろ。なんで俺と同い年なんだ」
「リストったら、かわいい子っ」
「チェリーってそういうとこ謎だよね、何でリストに反抗されると喜ぶの?面白いな」

親子の会話を聞いていた鳥山が口元に手をやって笑った。
それから一同は立ち上がり、店を後にした。会計は全て佐倉リストが出していた。佐倉チェリーがいうには最年長の男が払うものらしく、にこにこしていた。

佐倉リストの車まで歩いてる途中、白い猫が車道を横切った。向こうから車が来ていた。とっさに危ないと思った私は飛び出そうとした。

「智!」

目の前を来ていた車が通り過ぎていった。私は鳥山に手を引かれて背中を鳥山の胸に預けていた。引かれた手は掴まれたまま。

「何をしてるんだ、危ないよ!」
「ご、ごめんなさい…あの、離して…」
「だいたい僕らがいて、智が動く必要があるわけないだろ」

隣を見ると佐倉リストが白猫を抱き抱えていた。今夜一度も見なかった優しい笑顔で撫でている。

もうひとつ見えたものがある。佐倉リストの向こう側に見覚えのある顔がきょとんとした表情でこちらを見ていた。こちらというより、私を見ていた。

「佐伯先生?」

2Aのグラントが私を見て、鳥山を見た。顔を知っているに違いない、学校でハーフはこの二人だけだ。グラントの隣には黒髪で綺麗な人が立っていた。見たところ純外国人だ。
人間ではない三人は急に緊張した顔をして、グラントの腕に巻かれた包帯を見つめていた。

そんな事より、私の今の状況は教師としてとてもまずかった。

「グ、グラントくんっ…こんばんは…」
「なあに?聡の先生?」

グラントの隣にいた女の人がグラントに流暢な日本語で尋ねた。

「そう、英語の先生」

グラントは明らかに状況を理解した上で楽しんで含み笑いをしながら答えた。女の人はにっこりと笑い私を見ながら手を差し出した。

「こんばんは!私は聡の従姉のロゼといいます、聡の事をどうぞよろしくお願いします」
「え、ええ。でもグラントくんは優秀だし…多分私より英語は出来ると思うので…」
「そんな事ないわ、私からしたら聡は純日本人みたいよ。どうぞ可愛がってくださいね」
「ロゼ、子供扱いはしないんだろ?」
「そうだったわ、今日だけね。それじゃあ先生、good night」

グラントは最後に一度私の顔を見て笑った後、従姉と一緒に立ち去って行った。
車に乗り込むと、佐倉リストは後ろに乗った私に白猫を渡した。飼い猫のゼロというらしく、美しい毛並みの猫だった。

時間も更けて明日も普通に授業のある金曜日の為、居酒屋へ行くのは断った。駅まで送って欲しいとお願いしたが、家まで送るよと佐倉リストは言った。

「佐伯さん、今度またお食事してくださる?」
「え、ええ。もちろんです」
「まあ、よかった!次はね女だけで集まりたいの、いいかしら」
「女だけ…というと私と佐倉さんでですか?」
「あら、チェリーと呼んでくれないの?ふふっ、私とあなたと初音さんでよ」
「初音さん…?」
「セイロのお母様よ、私のお兄さんの奥さんなの。綺麗な人間よ」

異色のメンツ。生徒の親と…私用で食事するなんて、教師として踏み出しにくいが、佐倉チェリーの誘いは断れそうもなく次の日曜日に決定した。少なくとも、鳥山の母は人間らしい。

鳥山は、じゃあ母さんに伝えておくねと言い笑った。良く見るとこの三人はとても顔が似ていた。何故か血のつながりが薄い、鳥山と佐倉チェリーのほうが良く似ていた。佐倉リストはきっと父方に似たのだろう。

別れ際に佐倉チェリーは私の両頬にキスをして、また日曜日にお会いしましょうと電話番号を書いたメモを手渡してきた。
佐倉リストは握手をして、次に会う時もそのブラウスだと嬉しいなと初めて打ち解けたように笑ってくれた。

鳥山には手を振ろうと向きなおったら、鳥山はすぐ横に立っていた。隙を突かれた私の口角にキスをして、目を細めて微笑んだ。

「また明日ね。お休み、智」

いくら威厳を保とうとしても、もう駄目な気がした。鳥山は美し過ぎた。

桃色さくらんぼ



written by ois







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