初音は今年36歳の誕生日を迎える。私は今年で107歳になるが、今でも心から初音を美しい妻であると思っている。良き妻で良き助手の看護師であると。

自営の私の病院は国道に面していて、それなりの人気を誇っている。平日の三時、息子と同じ学校の制服を着た青年が診察に来た。泣きそうな情けない顔で診察室に入ってくるとブレザーを脱ぎ、私の前にある小さな椅子に腰掛けた。

「どうされましたか?」
「化学の実験で火傷しました」

青年はどんな実験のしかたをしていたのかはわからないが右手の甲を火傷していた。重度の物では無かったが皮がボロボロになっていた。手当てをしていると、青年は不思議そうに私の顔を見てきた。

「日本人では無いのが、珍しいですか」
「あ、いえ、その、クラスメイトに似てて…。名字も鳥山だし、もしかしてお兄さんですか。ずいぶん若いですね」
「親族ではありますね」
「お兄さんではないんですか。ものすごい似てますけど」
「セイロを良く知っているんですか」
「友達のつもりです、けど。10年も同じクラスなのに、たぶんセイロの奴僕の下の名前知らないですよ」
「あはは、それはひどい奴ですね。仲良くしてくれてありがとう」
「仲良く…出来てるんですかね」

前にリストがセイロを迎えに行った時に初めてセイロがクラスメイトに別れを告げられていたのを見た、と嬉しそうに言って来たのを思い出した。きっとこの子だったに違いない。その時のセイロは驚いて返事をしなかったらしい。いつか笑って返せればと願うのは親バカだろうか。歳はとりなくないものだ。
初音の書いたカルテを見て、青年の名前を呼んだ。

「翔くんだね。セイロに伝えてみるよ。もしかしたら知っているかもしれないよ」
「どうですかね。呼んでも北川としか言わないから」

青年に処方箋を渡して、初音と見送った。

「怪我には気をつけてね、北川くん」
「包帯を替える時はまたきてください」
「はーい。ありがとうございまーす」

その日の夜、久しぶりにセイロに声をかけた。名前を呼ぶとセイロは眉をひそめながらも私を見た。

「…何」
「クラスの北川くんの下の名前を教えてくれないか」
「…カケル。何で」
「いや、何でもないよ」

セイロは嫌味は言っても人を傷付けれるほど器用では無い。私を憎んではいるが、優しい子だと常々妹に自慢している。妹は息子のリストとセイロが仲良くしている事を自慢にして切り返してくる。私が一番辛い点である。

「今夜はもう行ったかい」
「今から」
「一緒に行かないか」
「吐き気が、する」

そう言うと、家を出ていった。お父さんショック。続いて家を出たが、セイロの姿はもう無かった。初音に行ってくると伝え、狩りに出た。この世で私をまともに見てくれる、唯一の人間。初音を心から信頼している。

セイロよりも色濃く人の血を欲するこの獣の血を捨てたいと望む想いは、セイロが私を憎む気持ちに似ている。
分かるのだ。セイロが私を見るあの時の視線の意味が。

正気すら失いそうな程夜を待っている。自分の中の自分が叫ぶ声で、昼の私は死んでるように思える。暗さとその赤さを求めて。

ああ、逃げて下さい。
今日の晩御飯。


父親の血を憎み



written by ois







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