1.年下のオトコノコ


おはようございます。朝です。
うっすらと覚醒させた頭をさらに現実に送るのは耳元で煩く鳴る目覚まし時計。
時刻は6時30分を指している。
起きなければと重たい体を動かしてなんとか布団から出た私はふと今日という日がなんなのか思い出した。

「新しい取引先との顔合わせだっけ…」

外は晴天、いい仕事日和だった。



********



おい、遅いぞ。
そう声をかけたのは自分のチームの先輩。いやいや、ちゃんと15分前に来ましたよね?と思いながらも生返事をする。
聞くところによると今日のお相手はわりと大きなところで。今回の案件がきちんとゲットできると自社的にも成績アップ、うちのチームとしても評価があがるらしい。先輩がしきりに「俺の相方はお前か…大丈夫かな…」なんて言ってくるけれども、そんなのたまたま時期的に手が空いていた私が上司から任命されただけです。私には選ぶ権利も拒否権も無かったんですよ。
まぁとにかく四の五の言っていても始まらないので早速お目にかかるとしましょうか。今日のお相手と。

…と、意気込んだ私の心は既に折れそうだ。
立ち並ぶビル、ビル、ビル。
見上げると首が折れそうな位高い。
こんな建設の仕方をしたら周りの建物へ日差しが入らないだとか、アスファルトの熱で気温がどうのだとかあるのではと感じた。
ビルの入り口からはひっきりなしに人が出入りをしているし、正面玄関からは黒リムジンが顔を見せている。

「なんだこりゃ…」

思わず出た言葉がこれだった。
決して自社も小さい会社ではないが、ここまで大きくもない。
そりゃ先輩も終始オロオロしながらここまで来るわけだ。敵は強敵なのだ。まだ見た目判断だけれども。

「ところで、相手の会社名何でしたっけ?」
「はぁ!?お前、マジか!勘弁してくれよ…」

信じられない!という凄い顔をされた。すみません、上からの指示の元動いていただけなので誰相手とかヒアリングしてませんでした。こればかりは私のミスです。
ん、と指を指された先にはでかでかと印字された社名があった。
十王院…財閥、JUUOUIN…ホールディングス…?
え、十王院?て、なんかあのCMとかよくやってるやつだった気がする。でもそれくらいしか知らない。日々働いて食って寝てしかしてないような私の情報の疎さなめないでください…。はぁ、と少しため息をつきながら私は空を見上げた。ほんと晴天。

エントランスに入ると、よくあるガラス張りのエレベータやエスカレーターが設備されており、受け付けには綺麗なお姉さんたちがビシッと制服を背筋よく着こなしてずらりと横並びになっていた。二回目だが言わせてほしい。なんだこりゃ。
先輩が受け付けに行っている間、私はぐるりと社内を見渡していた。内装もなんだかキラキラしていて眩しい。会社の存在感も主張感も全てが眩しい。まったくこんな凄い会社の上の方の人を見てみたいところである。まぁ、私みたいなしたっぱが叶う夢じゃないけど。
あっけにとられていたら先輩が戻ってきた。あれよあれよと連れられて大会議室へ到着した。

「私、今日何しとけばいいです?」
「とりあえずパワポとかセットして。あと資料の配布と…補足事項があったらフォロー頼む」
「了解です」

メインで話すのは先輩なので、私は横にいればいいだけのようだ。あんまりプレゼンとか他人に話すのが得意ではないのでひとまず安心。機器をセッティングするために会議室の機材を触る。なんだか高そうなプロジェクターだなぁ。マイクも音質よさそう。フロアも綺麗だし。掃除のおばちゃんはきっと有能なんだなぁ、なんて考えていたら不意に後ろでガチャリとドアの開く音がした。ぞろぞろと入ってくる人たちは今日私と先輩が打ち合わせさせていただく方々だ。いかにも偉そう〜なおじちゃんや、私と同じ歳位の男性もいる。
プロジェクターを囲むようにコの字にセットされた椅子へ次々と座っていく。ほぼ席が埋まったあたりで先輩がチラリと時計を見た。コホン、と咳払いを1つ。

「それでは、始めさせて頂きます。」



*********



途中不安なところもありながら、なんとか打ち合わせは幕を閉じた。
相手の感触も悪くなさそうだった。このまま順調にいけば仕事は取れるんじゃないかと思う。
会議終了後は冒頭で挨拶しきれなかった初めましての方との名刺交換会となっていた。私も先輩に連れられて色々な人と交換をする。あ、この人さっき最前列で口開けて寝てたおっちゃんだ。

突然周囲がざわつき始めた。空気が変わった。相手側の人たちがしきりに頭を下げているのを何となく横目で確認しつつ、自分は目の前のご挨拶を済ませていた。
カツカツカツ。フロアによく響く足音。楽しそうにリズムを刻みながら近づいてくる。カツカツカツ。音は大きくなり、私の脳内が靴音で侵食される。
目の前の相手がぎょっとした。その顔を見て焦る。脳を支配していた軽やかな音色に惹かれて何か不注意なとをしたかもしれない。そう思ったとき、私の手元が陰った。真っ白な名刺にグレーの色が入った。
顔をあげると、そこには見知らぬ男の子がいた。

「わんばんこ〜☆あ、今は昼だからこにゃにゃちわ?」
「…は?」

突然すぎてうっかり口から一文字とハテナが溢れてしまった。お兄さん誰ですか。
きっと私より年下の男の子。…学生?いかにも高そうなスーツをすらりと着こなして、様になっているものだからビックリした。普通って学生さんがスーツなんて来たら七五三とかそんな感じになるものではないのか。私も昔は「服に着られてるわ」なんて言われたものだ。なのにこの男の子はさも当然のように着ている。
頭は綺麗なオレンジ。絵の具で私が好きそうな彩度の高いオレンジ色だ。メガネはフレーム無しのやっぱり高そうなやつ。ていうかオレンジってチャラ男だな…メガネで相殺されている感がすごい。

「かっ、一男さん!何故ここに!?」
「いや〜面白い題材で打ち合わせしてるって聞いたからちょっと覗いてみただけ。打ち合わせには間に合わなかったかぁ。今学校も長期休暇だからねぇ。なるべくこっちの事も市場調査しとこうかと。ところでお姉さん」

綺麗なヒマワリみたいな瞳がこっちを向いた。お姉さん?誰?キョロキョロと辺りを見渡したが、付近には私以外に女性が見当たらない。いやいやお姉さん、キミのこと、なんて男の子に言われて私に話しかけられていることを理解した。
何ですか?と軽く返事をしたら彼はニッコリと含みのある笑いをした。

「プリズムショーは、好き?」
「…は?………って、痛っ!」

二回目の同じ反応である。何この子。と思っていたら思わず顔にそのメッセージが出てしまっていたらしく隣の先輩にゴツかれた。は?パワハラ?何なんですか?

「プリズムショーって、なんかスケートみたいなやつですよね?キラキラしてる。よくわかんないですけど…」
「俺っちの部署でさ、今そのキラキラしてる所謂「心のきらめき」ってやつの数値化を図ってるわけ。お姉さんプリズムショー初心者?見たことも無い感じでしょ?全くわからない?いいね〜そういう人材探してた!」
「はぁ」

何この子。いきなり語り始めたけど。最近の若い子って怖い。どうにかしてよという意味も含めて先輩の顔を覗いたら何故か口元がひきつっていた。どうしたの先輩。

「ていうかお兄さん学生さんですよね…どこの方うわっ、何するんですか!」

今度は背中を叩かれた!酷い、やっぱりパワハラだ。彼は私と先輩のやり取りを見ながらケラケラと笑っている。全然笑い事じゃない。だからお兄さんどこの誰なの。

「申し遅れました。私、十王院財閥、JUUOUINホールディングスの常務。十王院一男と申します。」
「じょ…はぁ!?」

常務、常務、常務。この男の子が?どう見ても若いのに!?
世の中凄いもんだなぁ、と感心する。私なんて二十代平社員だ。
スマートに自己紹介をした彼は胸元から名刺入れを出して手際よく私の目の前に差し出してきた。社会人マナーとして私も名乗らなければ。
先程まで挨拶で使っていた名刺入れを持ち直し、自分も名前を名乗る。彼はニコリと笑い、私が差し出したそれを受け取ってくれた。私も彼のものを受けとる。うわ、なにこの名刺。キラキラしたいい紙使ってるよ。

「お姉さん、光さんって言うのね。ふぅん。よーし決めた。お姉さんにするよ、今度の検証対象。ねぇ、」

俺っちと付き合ってよ

思考が停止した。
何を言っているんだこの子は。付き合う?どこに?なにを?どう?
私は硬直した。そろそろよくわからなくなってきた。考えるのを放棄しそうだ。

「ちょっと何をいって」
「やります!!!!」
「は、はぁ!?!?」

私の断りの言葉を遮ったのは隣の野郎もとい先輩だった。う、売られた!
勝手に決めないでください、と反論したのに十王院さんと先輩は話を既に進めている。
おいおい…勘弁してくれ…



【年下のオトコノコ】



十王院さんの長期休暇が終わるまでという契約で商談が結ばれてしまった。休暇っておい、私は一般OLで休みじゃないっての!

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