胎動篇ー049
綾狐
「度重なる戦で国を治める者として、俺を信頼してついて来る奴らを絶対ェ守りてェって思ったンだ。でも戦の中で傷付き弱っていく己の身体に俺は何時の間にやら男になることを望ンでいた」
月子
「…男…?」
綾狐
「俺と敵とじゃァ俺の方が不利なンだよ。奴ら皆大人、もしくは俺より年上の男だったからな。まァ、馬鹿の短絡的な考えだな」カッカッカッ
月子
「…」
綾狐
「今考えりゃァ男も女も関係無ェンだけどな。勝つ時は勝つし、負ける時は負ける」クク
月子は綾狐をじっと見詰めた儘静かに話を聞いている。
今にも泣きだしそうな顔で―。
そんな月子に気付いたのか、気付かないのか綾狐は突然黙り込む。
月子
「姉さま?」
綾狐
「…ある時な、何時ものように出陣した筈なのに記憶が無ェンだ」
月子
「…記憶、が…?」
綾狐
「そう。で、その夜に変な夢を見たンだ。一面桜の花びらに埋め尽くされて、景色がわからない程の光なンだけど、でも前はしっかり見えるンだよ。心地いい風が吹き抜けてて。とにかく変な場所にただただ立ち尽くしてンだよ」
月子
「…綺麗」
綾狐
「怖い程綺麗だったよ。しばらくして風の中に俺を呼ぶ声がして振り返ると誰かが立ってて…俺なンだな」
月子
「?」
綾狐
「でもそいつ男でさ。"狐次郎(こじろう)"って名前で"私はお前で、お前は私"とか訳の解ンねェこと言いやがンの」カッカッカッ
月子
「それってどういう…」
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