胎動篇ー029
綾狐
(こンだけ目鼻立ちのしっかりした奴なら覚えてると思うけどな…)ンー
畳に視線を落とし、胸の前で腕を組、首を傾げる。
思い出せない―。
今度は天井に視線を向け、さっきとは反対側に首を傾げる。
やっぱり思い出せない―。
ぞくり。
突然絡み付く様な視線に全身が捕らわれる。
視線を正面に戻す―。
綾狐
「っ!」
何時の間にか正座を崩し、胡座に頬杖をついた香紗がじっ、と綾狐を見詰めている。
綾狐
(…さっきまでの餓鬼みてェな雰囲気は何処いったよ…;;;)オイオイ…
香紗
「さっきの感じの方が良かった?」クスリ
香紗の口角が妖しく吊り上がる。
綾狐
「なっ、勝手に人の心を読むなよ」
何を考えているのか解らン…。
綾狐が思案を巡らせていると左の頬に熱を感じた。
綾狐
(…………!)
香紗
「あの頃とは随分変わってしまったけど…人間違いなんかじゃ無い。…忘れちゃった?"僕"のこと」
左頬に添えられたら真白い手指が懐かしむ様に、慈しむ様に、或いは淋しげに…綾狐の輪郭を撫でる。
ふと、綾狐の瞳を覗き込む香紗の瞳と視線がぶつかる。
綾狐
「…!?」
香紗
「…」
香紗の瞳に先程までの妖しい彩は無く、淋しげな彩になっていた。
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