冬の夜更けに-001

 冬の夜更け。雪に覆われた深い深い山の中を少女は母親に手を引かれ暗がりをひた歩く。

 こんな時間に何処へ行くのか、何をしに行くのか、幾ら尋ねても応えは無い。

 転ばぬように、遅れぬようにと息を切らして脚が限界を迎えた頃に母親はやっと止まった。



「…何用か」



 突然暗闇から声がした。低く無機質な男の声。


 其の声に母親は応えた。


母親
「彼の國へ娘と共に参詣(さんけい)に参ります」


「…何用か」

母親
「娘の幸を祈りに」


「…僧の名は」

母親
「迦穂(かほ)様と」


「…証を示されよ」

母親
「こちらに」


 そう言って母親は懐から小さな巾着を出し暗闇に差し出した。掌に乗った其れを暗闇が音も無く絡め取る。

 誰と、否、"何"と母親は言葉を交わしているのか―。言い知れぬ恐怖に少女は血の気が引くのを感じていた。



「…確かに。迦穂の物」


 そう声がした次、暗闇が蠢いて月明かりに人影が浮かんだ。姿を現した其れは狩衣姿の男とも女ともとれる顔立ちの者。



「確かに受け取った。さぁ参られよ、彼の國へ案内しよう」

母親
「! あぁ…有り難う御座います、有り難う御座います…っ」


 深く深く頭を下げる母親。呆然と其の姿を見ていると男が再び「さぁ」と言い、反射的に顔上げた少女は言葉を失った。
 


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