こうしてまた君を



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※社会人設定
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ピロン(予定通り19:40に着くよ!)

携帯の通知の振動がスーツのポケットの中で震え、携帯を取り出し確認をすると、待ち合わせ場所へ予定通り着くと名前からのLINEが入っていた。絵文字はなかったが、ビックリマークと文字からなんとなくワクワクしている名前を感じ取って口元が無意識に緩む。


入社してはじめての東京出張だ。


高校の時から付き合いを続けている名前とは社会人になってから宮城と東京という遠距離の関係になってしまった。


それでも月に1回は会おうと決めてなんだかんだ上手くいっているように思っている。会うときは東京の名前の家か宮城だと自分の実家で会うことが定番である。が、今回はたまにはと思い今日の計画を立てる中で夕飯を作るから家で一緒に食べよー!という名前の提案をはねのけ、会社帰りにどこかで落ち合って外で食事をし一緒に帰ろうと決めたのはつい一昨日の夜のことである。


俺は既に待ち合わせとなっている駅に着いていたため(東口で待ってる)とだけ返し名前を待った。



「はじめー!」
「おう」
「お疲れ様、2週間ぶりかな」
「だな、名前もお疲れ」



会って早々他愛も無い話を話しながら横目で名前を追う。なんだ?いつもの雰囲気とは少し違う気がする。服装も少しカチッとしていて化粧もちがうのか?具体的に何が違うかって言われるとよく分かんねえが、なんというかこう、女ってすげえわ。
思えばコイツが働いている時の服装って今までみたことなかったな。普段遊ぶときはわりかしカジュアルというかラフな格好が多いし、一番思い出されるのは高校の時の制服姿か...。


そんなこんな、名前の服装について脳内でくるくると着せ替えを行っていくうちに、岩泉は名前の会社での姿を毎日見ている奴等がいるのだという事実にふと突き当たった。
今までそんなことは全く気にしたことが無かったものの、如何せん気になり出したら止まらない。
どうして俺は今まで気にしてこなかったのだろう、もしかしたら名前は会社でどこぞの輩から好意を寄せられたり、口説かれたりすることだってあったかもしれないというのに。不安と苛立ちは押し寄せる一方である。


傍から見たら互いが思い合い安心と信頼があるからこそ嫉妬は沸いて出てこないというのが分かるのだが、今の岩泉にはそれは通用しない。歩きながら名前が今日の会社でのことをぺらぺらと喋る内容ですら右から左の始末。


岩泉自身その心が何であるのか分かってはいたが、だんだんと苛々してきていた。


くそ、なんでこんなに。


そう思ったときには行動に出ていた。



「名前」

「なに?って ん―」



そう、ちょっとした嫉妬心。
岩泉は名前をがっしり抱きしめちゅうと唇を奪った。



「な、なに、いきなり」
「う、うるせえよ、わるいか?」



少し苦しそうに言葉をこぼしながらも抱擁の力が増していくばかりの腕の中。名前は突然の岩泉の行動に驚いたが、会えた喜びと幸せのほうが勝っていた。


週の中日の水曜日。いつもだったら会社へ行くのさえ憂鬱なはずなのに名前の目覚めは上々であった。
調子に乗ってあまり着ないフレアのミモレ丈スカートをはいてメイクだってマスカラまでばっちり決めて頑張った。そのせいか、同じ部署の上司には苗字さん今日は雰囲気が違いますね?と声をかけられたし、一緒にお昼を食べている仲の良い同期からはバレバレだとからかわれてしまった。


高校の時は岩泉が部活を終わるのを待って一緒に帰ることなんて当たり前のことだったのに、大学になるとそれは無くなり、社会人は物理的な距離までもが離れてしまった。
大人になるってこういうことなのかと思うけれど、高校から続くこの関係が途切れることなくある今に何も不満はない。


1ヶ月に1回は会えているし、今日だって本当は出張でこっちに来て疲れて早く私の家へ帰ってゆっくりしたいであろうに外で食事しようなどと言ってくれた。


だが、名前だって年頃の女だ。最近彼氏ができた同僚がよく話す退勤後の夜のデートというものに憧れがないわけではない。


2週間程前、会った時に東京出張に行くから会えないかとの話を聞いたときどんなに嬉しかったことか、この嬉しさが岩泉にも伝わったのだろうか。とにかく今日は素敵な東京ナイトデートを過ごそうと意気込んでいた。


そんなことを考えながら、未だ抱擁をとかない岩泉を横目でみやると気づいてしまったのは彼の耳が真っ赤であること。何だ、会って早々駅の改札という公共の場でぎゅっと抱きしめてくれて、おまけに口付けまでくれたから岩泉のことを凄いなあ、猛者だなあと思っていたのに。撤回しよう、実は岩泉も余裕がなかったということなのだろうか。


感情とは不思議なものである。相手に余裕がないと分かった途端、自身のさっきまでのバクバクした心臓がおさまり、からかいたくなる気分になってしまうのだから。



「んーん、そんな嫌とかじゃないけどびっくりしただけ」
「てか...はじめ凄いバクバクしてるよね。ひょっとして緊張してる、とか?」にやける口元をもごもごしながらそうはじめに聞いてみる。
「そんなんじゃねえよ」
「ふふ。そうなのかなー?そのわりには耳真っ赤だし、顔もちょっとあかいっ」
「うるせえよ、さっさと飯いくぞ」
「はいはい」



夕飯は名前がリサーチした少し小洒落た雰囲気の和食屋へ行った。いつもの外食は某チェーン店の居酒屋が多いから今日は奮発して敷居が少し高い割烹料理のお店にしたのだ。
普段と違う店を選んだことに岩泉は若干強張っていたように思うが楽しい食事の時間はあっという間に過ぎた。



「美味しかったね」
「なんつーか、あの揚げ出し豆腐には品があったよ、うまかったし。店調べてくれてありがとな」
「喜んでもらえてよかった。揚げ出し豆腐がお店にあるかどうかってのは重要事項だったからね、事前にお店に問い合わせていたんだよねー。」
「てかはじめ、結構きょどってたよね。面白かった」
「あんな高級感ある店行くなんて思わねーべ、フツーに居酒屋かと思ってたんだよ」
「たまにはいーでしょ?オシャンな社会人デートって感じ」
「何言ってんだ、お前」
「もう!はじめはきっとそう言うと思ってたよ!雰囲気ある大人のデートとか興味なさそうだもんねー!知ってたもーん、でも私が楽しかったからいーんですう」
「ああ?うまかったからいいじゃねーか」



やっぱり自分の魂胆に気がついていなかったかと、多少がっくりしたものの、一応シミュレーションしていたとおりのお洒落東京デートは達成できたので名前は満足顔である。
岩泉は知り合いの家へ宿泊するという旨を会社に伝え、ビジネスホテルではなく東京の少し外れの名前の家に泊まる事になっている。2人は今日のご飯処の話楽しく一緒に帰るため駅までの道へと歩みを進めるのだが、隣にあった気配が突然スッと消えてしまった。何事かと頭を後ろへひねると岩泉の足が止まってしまっている。



「はじめ...?」



名前は思案する。今日の岩泉は一体どうしてしまったのだろう。出会った直後からなんとなくソワソワして落ちつかないのが見て取れた。最初のうちはそれが滑稽で可愛らしく見えたものの、何かしてしまったのではないかと名前にも不安が積もり次第に顔が曇る。



「わりい」


何か言いたげに口をまごつかせているようであったが、街灯が薄暗く表情がよく見えない。


「なにかあったの?」
「今日のはじめちょっと変だよ。やっぱり今日のデート気に食わなかった?私がいつも行かないようなお店選んじゃったから?やっぱ背伸びしすぎたかな、そうだよね、まだ社会人一年目なのに__」



一言目の返事を待たず、聞かれてもいないのにべらべらと口をついてでてくる自分の口に静まれと言いたかったがそれも敵わない。


だがそれを遮るように発せられた岩泉の言葉......


「ちげえんだよ.........余裕ねえんだわ」
「...え?」
「自分でもおかしいって思ってっから笑ってくれてもかまわねーよ、」
「でもお前がいつもと雰囲気違うっつーか、付き合って長いのにこんなこと言うの恥かしいけどよ、今日の名前、すげえ綺麗で見蕩れた」



またまた真っ赤になりながらもボソりと恋人の口から出てくるソレに半開きの口が塞がらない。そして同時に間髪いれず本日二度目の熱い抱擁。


おまけに耳元で囁かれたのはすごく甘い声色で。



「なあ、名前の家着いたら   …いいか?」
「...っ?!」


ああ、
どうしてあなたはそうやって。


不安も全て掻っ攫う言葉を一言でくれるのか。


心配しなくて大丈夫なのだとホッとした束の間、名前は先程の耳元での岩泉の言葉を思い出して固まってしまう。どうしよう、これってつまりそういうことでいいんだよね。会うの久しぶりだしそういうことがしたくなかったという分けではないけれど、なんでこう真っ向から...まったく、もう。



「......は、い」



しばらく口からきちんとした言葉が紡げずあたふたした後、名前はやっとのこと“はい”の二文字を発することができた。それを確認した岩泉は名前の手をぐいと引くと更に急くように足を前に進めるのであった。


(さすがに嫉妬で余裕なかったとまでは言えねえな、ダセーから)


未だ頬を染め俯きながらも自分の掴んだ手をぎゅっと握り返し隣を歩く名前を見やり岩泉はそう心の中で独りごちる。本日の岩泉の思うところなど名前は知る由もない。いやいや、知られてたまるかよ。


いいのだ、これで。


そうやってまた一つ、一つと知らない君を知ってゆければ。


ーこうしてまた君をー
仲良くさせていただいているフォロワーさんのお誕生日に書かせていただきました。





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