スノウフレーク



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※社会人設定
 西谷くんと名前ちゃんは幼馴染です

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雪が降った。

地元だったら雪が降るだなんて冬の日常茶飯事で雪が降っても大してなんとも思わなかったのに東京で雪となるとたった10センチの積雪でも大事になる。

案の定昨夜の積雪で都内の交通機関は大ダメージを受けてしまい例に漏れず私の利用する路線も遅延が発生している。

寝起きの布団の中で眠たい目をこすりながら、こりゃあ通学が面倒だと布団の中ですっかり暖まった指を外に出して私はスマホをいじる。

そんな中隣でむくりと起き上がり、すぐさま窓際へ駆け寄り外の景色を見るとともに興奮して揺らめく影を横目で追ってみる。

うすら目で見ていてもその影が興奮気味な嬉しさを纏ってしまっていることが容易に想像できた。

あー、これ確実に口角上がっちゃっているやつ。

絶対この後に「名前!雪だぞー!」


「......」


私の思考の通り寝室中に声が響いて「名前早く起きろよ。見てみろ綺麗だ」

興奮冷めやらぬ声で急かすように布団を剥いで腕をぐいぐいと引っ張るものだから私の頭もいよいよ覚醒してきた。


「雪が降ったくらいで朝からそのテンションなんとかなんないの」
「だって雪だぞ!」
「いやいや、そのせいで電車遅延しているし、夕のところも会社行くのに遅延しているんじゃないの」
「げっ」


ようやく現実を知った私の彼氏様は先程の雪にはしゃぐテンションは何処へやら。青い顔をして固まってしまった。

やれやれ。いくつになっても脳内がガキなんだから。

やっと現実を見たというのにそれでもまだ雪への興奮が冷めやらずわあわあ言う夕を寝室に残して私は朝食作りに取り掛かる。


―そう、あの日も雪が沢山降った雪の朝だったんだ。


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「名前、急げ!遅刻するぞ」
「どの口がそれを言うの!誰かさんが朝っぱらから雪に興奮して家の前で雪遊びはじめたせいでこうなったの分かってる?」
「分かってねーなあ名前は。雪だぞ!」
「だから雪なんて珍しくもなんともないでしょ」


明日から寒波がやってくる。その天気予報どおり雪がわんさか積もった。案の定お隣に住む私の幼馴染の夕ははしゃぎにはしゃぎ、学校遅刻寸前の今に至る。宮城なんだから雪が降ることだって珍しいことじゃない。ちょっと早めの初雪だからってここまではしゃぐのはただ純粋に夕が子供なんだと思いやれやれとため息が出そうになる。まあ、その茶番に付き合う私も大概なのか。

そんなことを考えながら足を速めていたせいか、積もった雪に足を囚われてしまった。ぐらりと後ろに変わる視界に気づくも時すでに遅し。次に気が付いた時にはお尻は見事雪の絨毯にボスンと沈んでしまっている。あー。これは深くはまっちゃったな。

雪の日に転ぶことは割とあるけれど、急いでいる時になんでこうなっちゃうのか、夕に説教していた自分が逆に迷惑をかける羽目になっていてなんだかダサい。


「何やってんだよ、ほら」
「しょうがないじゃん」


先に行かず、突然尻もちをついて転んだ私にすかさず手を差し伸べてくれるあたり、こういう所はできた幼馴染だなあと感心して差し出された手を掴むも自然と掴んだお互いの手に力がこもって。


ぎゅっ。ぐぐっ。


「わわっ」


何が起きたのか。

そうです、あろうことに手を繋ぐことなんて幼稚園の時以来なんじゃないかというこの状況が久しぶりすぎて私は手を放してしまったのだ。

再び同じ場所へとお尻を戻した私も、状況把握に数秒時間を要したような夕も大概間抜けな顔をしていた。

客観的に見て手を握り合うだけの行為に恥ずかしくなって手を離した私が馬鹿でしたに票を入れる人が大多数だと思う。でもさ、恥ずかしかったもんは恥ずかしかったんだからしょうがない。夕は「おい、ちゃんと掴まれよな」といって今度は一方的に私の手首を掴むと先程よりも強い力で引きあがらせ立たせてくれた。

今だ少し混乱とドキドキの渦にいて立ち上がってもぽーっとしている私を見て夕は何て言っただろうか。そう、私はこの言葉をはっきりと覚えている。


「なあ、もっと俺を頼れよ」


何だかぐっときてしまったのだ。その後「な、なんで夕なんかにっ」って返したんだっけ。返事の言葉はあやふやになってうまく思い出せないけれど“頼れよ“と言ってくれた夕がいつもの夕っぽくなくて。


―こんな一面もあるんだって気づいたんだ。

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そうだ。こんな雪の日の朝だったなあと朝食とお弁当の準備片手間にふと思い出してしまったのだ。

きっと夕とってはどうでもいい日の何ら変わらない日常の一コマなのかもしれない。だけれど私にとっては最初に夕のことを意識し始めた大切な思い出だから。

あの時の私たちからしたら付き合うことになるなんてこれっぽっちも思わなかったのに、今はこうして同じ屋根の下で同棲して社会人を送っている。本当に人生は何があるか分からない。

おまけにやっているやり取りは昔と少しも変わらないときたもんだ。変わるものもあったのにこんな風にさらりと思い出される昔の思い出が懐かしいと思えたのか、はたまた滑稽に思えたのか。

そんなどうしようもない感情が口元から込み上げて「ぷはっ」と音を立てて出てきてしまった。


「なーに、ニヤついてんだ」
「へ?え?見てた?今の」
「見るも何もさっきから座ってご飯できるの待ってっけど」


居ないと思ってつい気を緩めすぎていました。
ああ、恥ずかしい。穴があったら入りたいです。何気ない日常に幸せ感じて声が漏れただなんて言えないよ。それにこんな複雑な感情は絶対に夕には伝わらないって断言できる。


「別に何でもありません〜」
「そっか、まあきっといいことなんだろ?そんな顔してるもんな」
「え、」


それなのに、こういう時に限ってよく分からない第六感の武器を出してくる夕にこれ以上何か悟られるわけにはいくまいと少しおろそかになっていた手元を急がせる。


「なー、名前」
「んー、もうちょっとでできるから待っ」
「好きだぜ、名前」


さっきから食事を待たせてしまっているのだから急かすのは無理もないだろうと、もう少しで出来上がる旨を告げようとする言葉にあたかもサラリとかぶせるように言葉が返されて言葉がでない。


「......ちょ、んな、何急に、」
「言いたくなったから言った!俺はきちんという男だからな!」


もしかして、もしかしてでもなく私の懐古顔はそんなに分かりやすかったのだろうか。私の思うその気持ちが伝わって夕が返してくれたのだとしたら、それは、それは、う、嬉しい。
素直に嬉しいって思ってしまう。

でも今は抑えなきゃ、急いで朝食の準備をしてお弁当を詰めて着替えて会社に行かなければならないんだ。頭ではそう思っているのに一度湧いた気持ちは未だ納まりそうもなくて必死に手を動かすことでしか気を紛らわせそうにない。

待たせてしまうこと10分ほど、ようやく二人で手を合わせて食べた朝食は味がしなかった。





「ほら、ただでさえ電車遅れてんだぞ、もたもたしてると置いてくからな」
「年甲斐もなく雪ではしゃいでばっかの夕に言われたくない!それに...変なこと言い出すからでしょ、」
「たまには言ったっていいだろ」
「夕のばーか」
「馬鹿は言いすぎだろ」


未だぶつぶつ言いながら斜め後ろをよそよそしく歩く私の右手をぐい引っ張って歩く夕は頼もしくて、いつの間にしっかりしたんだろうと思うけれど。思えば夕は昔から私を引っ張っていってくれてたんだよね。

ボスボスと沈む雪と少し前の背中を見つめ雪の日の朝を噛み締め歩く。


ースノウフレークー
想いに気づいた昔も、それを思い出した今もあなたが大好き





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