初めておしりをついた廊下はひやりと冷たかった。冷たくて気持ち良い。そのまま頬をつけて横たわってしまいたい。埃だらけの廊下。とても汚い。あとでスカートを叩いておかないと。
たかだか十数歩で端から端まで歩けてしまえる小さな教室ががらんと広く感じる。だれもいない、正確には彼と彼女しかいない教室は昼間とは姿を変えていた。私は見たこともないそこに入ることが出来ず廊下に座り込んで、昨夜テレビで見たスパイ映画を思い出しながらペンキが剥げかけた扉に耳を押し当てた。
「あ、土方さんだ。女子だれ?」
「静かに。良いところなんだから」
「俺も混ぜてくだせェよ」
お手洗いに寄っていた沖田くんがようやく追い付いて、私の隣に座り込む。乱暴に耳を押し当てるものだから立て付けの悪い扉ががたりと音を立てた。そしてそれにかき消されるほど小さな響きが、好きですと、在り来たりな言葉が。震える声で。…甘すぎて痛い。薄っぺらな扉だけが今の私を支えている。
「好きだって」
「…土方くんは断るわよ」
「どうしてでさ」
「だって、土方くんは」
私のことが好きだから。受け入れるつもりもないくせに土方くんが彼女の手を取ったら私はひどく傷付くのだ。宙ぶらりんにした土方くんの想い。罪悪感と同じだけの優越感。
「姐さん、もし泣いたら俺はあんたを軽蔑しますぜ」
「わかってる、わかってるわよ」
反対の扉から出て行った女の子はきゅっきゅと廊下を走り抜ける。私はなんだか背中を踏まれたような気持ちになる。痛いけれどきっと彼女の方がよっぽど痛い。ごめんなさい。謝ることはもっと残酷だけど。
廊下に座り込んだ私と沖田くんを見つけた土方くんが悪趣味だと呟く。憎しみの奥に隠された慈しみの眼差しを見出だして、私はようやく息をした。
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