てっきりホテルか旅館を予約したのだと思っていた。カーナビの言うままに山道を走れば風呂があるかも疑わしい小さなバンガローがいくつか並んだキャンプ場に辿り着いた。愛想のない親父から飾り気のない鍵を受け取りささくれ立ったドアを引けば案の定テレビもエアコンもない、首の据わらない扇風機がカタカタと音を立てる狭い部屋が飛び込んで来て思わず一本足を退いてしまった。実際に二段ベッドを目にするのは初めてだった。面食らう俺とは反対に朔子は満足げににやついている。どうやら写真や雑誌に騙されたわけでもないらしい。朔子は時折わからない。
意外にも風呂は離れに貸切りの露天風呂が用意されており、他に宿泊客がいる様子もないので思う存分山の景色を堪能することが出来た。温まった身体でバンガローへ戻ると朔子は嬉々として二段ベッドの梯子を登り、勝呂くんは下で寝てねと手を振った。
「…知っとったんやろ。なんでまた二段ベッドなん」
「私ね、眠る前に話をするのが好きなの」
「いつもしとるやろ」
「顔を見ないで話がしたい時もあるの」
「はあ。だから二段ベッド」
「うん、だから二段ベッド」
確かに妙な気分だ。朔子の声はするのに朔子の姿は見えないし触れることも出来ない。朔子が上で寝返りを打ったのかベッドがみしりと音を立てた。ベニヤ板に薄い布団を敷いただけの固いベッド。背中が痛くなりそうだ。
「顔見ないで話したいことてなんやの」
「好きだよ。竜士くん」
「………おい、今すぐ降りて来い」
「やだよ」
「じゃあ俺がそっち行くわ」
「だめ。勝呂くんが乗ったら底抜けちゃう」
「ちょ、勝呂くんて。戻すなや」
布団から抜け出し梯子に片足をかけて覗き込むと朔子はこちらに丸い背を向けたままひらひらと手を振った。このままおやすみということらしい。諦めて布団に戻り、朔子が宙に浮いて眠るベニヤ板の木目を数える。湿った髪の隙間から覗いた赤い耳を思い出すと今夜は眠れそうにない。

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