細いストローの先から気泡が溢れ出す。押し上げられた氷がカラコロと音を立てた。例えばこの小さなグラスに注がれたジンジャーエールが大海だとして、なんて、下らないと九太は思う。荒波を掻き分け、勇敢に航海をする海賊船の姿など今の九太に見えはしないのだ。それは必然だ。何も不思議なことではない。だからこそ哀しい。歳を重ねることは誇らしく、そして、拭い切れない虚しさが残る。
「九太くん、お行儀が悪いです」
ガムシロップを注いだアイスコーヒーをストローで掻き混ぜながら、春美が九太を咎める。悪い。九太がストローから唇を離すと、ジンジャーエールはすぐに大人しくなってしまった。お待たせしました。愛想の良いウエイトレスに軽く頭を下げ、お絞りやらストローの空袋やらで散らかったテーブルに二皿分のスペースを空けてやる。ごゆっくりどうぞ。キャベツとサーモンのクリームパスタには当然玩具なんか付いてはいないし、爪楊枝と紙で造られた旗など立ってはいなかった。
「いつからだろうな」
「なんのことでしょう」
「こういう、何でもないようなことに楽しみを見つけられなくなったのは」
先程までストロー遊びに使われていたジンジャーエールを口にする気にはなれず、九太は温くなった水を手にする。すっかり結露も乾いてしまっていた。
「…でも、大人になるのは何も悪いことばかりじゃありませんよ」
ほら。春美が左手を顔に近付けて見せる。記者会見の女優がするみたいで、なんだか笑えてしまう。そうだな。九太は表情を弛めて、フォークでパスタを絡め取った。あの頃のままだったなら。きっと、彼女に玩具の指輪さえ与えることが出来なかった。そうなのだ。九太は、猫のように丸まった背中を伸ばす。過去ばかり振り返ってもいられないではないか。
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テーマ「人外ファンタジー」
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