「夜に爪を切るのは良くないよ」
長い髪を漸く乾かし終えた真宵がもぞもぞと布団に潜り込みながら言った。広げた新聞紙の上に胡座をかいて成歩堂は左手の爪を切っている。成歩堂はテレビ欄のトーク番組に好きな女優の名前を見つけたが見逃したことをさして残念だとは思わなかった。美人だと思うだけで特別好きなわけではないのかもしれない。
「そんなのただの迷信でしょ」
「迷信だってなんの意味もなく言い伝えられたりしないよ」
なるほどそれは一理ある、と成歩堂は妙に納得した様子で新聞紙を慎重に丸めてごみ箱へ捨てた。それを見て早く、と布団を捲って急かす真宵が愛おしくてたまらず、成歩堂は布団に潜ってすぐに真宵の洗い立ての髪に鼻を埋める。シトラスだかのシャンプーに隠された甘い香りに脳が痺れるようだ。おのれの髪からも同じ香りがするはずなのに。
熱っぽい成歩堂の手のひらが意図を持って、しっとりと濡れた真宵の肌を這う。皮膚の固い指先がくびれをなぞる感覚に真宵は小さく身を震わせるがすぐにその手はやんわりと制止されて自由を失った。唇と唇が触れそうなすんでのところで、成歩堂はお預けを食らった犬のように浅く息を吐いてしまう。
「爪が痛いよ、ささくれてる、なるほどくん不器用だなあ」
「ちょっと待って切り直す」
「良いよ、あたし今日はもう寝るから」
胸まで捲り上げられたシャツをいそいそと元に戻して真宵は成歩堂に背を向ける。成歩堂はエエーと冗談じみたしかし本気のブーイングを漏らして真宵の背中に寄り添うように引っ付くがどうやら真宵は本気で眠るつもりらしい。真宵の小さな背中に、シャツ越しに爪を立てるとささくれに繊維が引っかかりちりちりと音を立てた。なんだかいじらしい乙女の気持ちである。
「…真宵ちゃん、やっぱり夜に爪を切るのは良くない」
背を向けた真宵の肩がくつくつと揺れた。
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