俺のこと覚えてる?そう言って照れ臭そうに後ろ髪を掻く癖はあの頃から変わっていなかった。あやめはええ、とだけ返して飲みかけのジントニックを煽る。丁度現れた店員に空っぽのグラスを渡して、代わりに梅酒を追加した。久々の再会に年甲斐もなくはしゃいでいる同級生達を後目に、此処だけが妙に静まり返っている。覚えてるも何も。
「良かった、俺地味だから、てっきり忘れられてるかと」
「…嫌な性格ね、感じ悪いわ」
「良く言われる」
山崎とあやめは嘗て、恋人同士であったのだ。高校三年目の夏休みが明けて直ぐ、どちらからともなく付き合い始めた二人はたった二か月の短い期間であったが恋人らしいことは一通りした。とは言え、山崎もあやめも手を繋いで下校をするなんて青春染みたごっこ遊びには虫唾が走る性分なので、それらはひっそりと、細やかに遂行された。だからだろうか。隠していたつもりもないのだが、どちらからともなく終わりを告げた山崎とあやめの関係を知る者は誰一人居ないと言って過言ではない。その証拠に、こうしている今だって誰も二人を気に留めたりなんかしていない。
「…ねえ、酔ってるんだよね」
「ええ酔ってるわ、じゃなきゃこんなこと」
いつの間に届いていた梅酒の氷を人差し指でかき混ぜて、濡れた指を舐める。そこからは居酒屋の隅で横並びになった嘗ての恋人同士が視線を交えることはなかった。テーブルの下で繋がれた手はやり残した単なるごっこ遊びに違いないのに、歯がぶつかるほど性急だった初めてのキスよりよっぽど照れ臭くて、やるせなかった。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -