「…酒の肴に饅頭か」
白い皿に乗せられた、二つの饅頭に思い出す過去が二人にはある。
二つの饅頭と引き換えに結んだ、たった一つの約束が元は赤の他人同士であった銀時とお登勢の間を繋ぎ止めている。
酷く脆いものであった。壊れやすく、子供同士の指切りのような曖昧な契約であった。
銀時を連れ帰った夜、刀を抱きながら眠る銀時に毛布をかけてやったお登勢は、明日の朝にはもぬけの殻だと信じていたのだ。
その方が良いとさえ思っていたお登勢は翌朝、寝癖を拵えた頭で「飯まだ?」などと戯ける銀時の姿にただ呆然とするしかなかった。
それからの銀時は律義なもので、無遠慮に振る舞いながらもお登勢との間に結んだ約束だけは決して破らずにいる。
たった一つの約束が銀時をここに縛り付けているのではないかと疑念を抱かないお登勢ではない。
しかし、その度に銀時は自分の居場所はここで間違っていないのだという風に、お登勢に仕付けられてようやく言えるようになったただいまを言った。
ぞんざいなただいまにぞんざいなおかえりを返しながら、いつしかお登勢はこの子供が自分の前から去ることを恐れていたのかもしれない。
「酒の肴に饅頭だよ、文句あんなら金取るよ」
「こんな日くらいもっと洒落たもん出せねーのかよ、やる気出せババア」
「ケーキだのパフェだの西洋に気触れたもんは苦手なんだよ、あんたにはこれで充分さね」
ほらよ、とお登勢が饅頭に蝋燭を立て、マッチで火を灯せば供え物のようで縁起が悪いと銀時は顔を顰める。
そのついでにと、唇に挟んだ煙草に火を灯したお登勢は、己の手の甲に刻まれた皺の深さに時の流れを感じた。
「…あんた、あたしより先に死ぬんじゃないよ」
「言われなくてもわかってらァ」
そしてまた約束が増えていく。小さな約束が幾重に重なり、大きな絆になることを二人は知っている。
わかったら乾杯だよ、お登勢の枯れた声に倣った二つの猪口がカウンター越しにぶつかり、酒が指先を濡らした。
あの時よりも随分と大きな饅頭を頬張り、黙りこくった銀時とお登勢を誰が他人と呼べようか。
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テーマ「人外ファンタジー」
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