( 夢の中でワンナイトしかけた三井寿 ) カーテンの隙間から漏れる光に顔を顰め、ゆっくりと目を開く。うーんと伸びをしながら自分の右側に目をやると、私より先に目覚めていたらしい寿くんがベッドの上で正座をしながら何とも表現し難い表情でこちらを見下ろしていた。 「おはよう、どうしたの?」 まだ寝起きのぼんやりする頭で問うてみる。彼は普段から寄りがちな眉間の皺を更に深くしながら、ぎゅっと真一文字に結んでいた口を開けると「オレはとんでもねえことをしちまった……」と珍しく覇気のない声で言った。 「とんでもねえこと?」 「おまえ以外の女と寝かけた」 「はい……?」 何を言っているのだろう。起きがけでまだ始業時間前の脳みそに、意味のわからない唐突な告白、というか懺悔は処理しきれない。一体いつの話をしているのだろう。 昨日は一緒にベッドに入ったし、寿くんはいつだって仕事が終わると寄り道せずに帰宅するし、何より嘘をつけない彼が浮気だとか、そういう器用なマネをするのが到底無理なことを私はよーく知っている。 しかし「寝かけた」とは、つまり未遂、ということだろうか。 「……夢ん中で」 ボソリと続けられた言葉に、私は思わず「え……? ちょっと待って、全然わからないよ」と痛む気配を感じた頭を押さえながら脳直でレスポンスをしていた。 ええと、もしかしてこの人はえっちな夢を見ちゃって、その中で私じゃない女性とそういうことをしそうになっちゃったから、私に申し訳なくなって何とも言えない表情で正座をしている、ということで合っているだろうか。 「え……? 別に謝ることじゃないよね、夢の中の話でしょ?」 「いや、でも起きた時の罪悪感が半端なかったんだよ」 「それで? その相手は誰だったの?」 知ってる人だったらちょっとやだなあ、と続けると、寿くんは斜め下に視線を泳がせながらぼそぼそと「おまえが毎週見てるドラマで主人公役やってる女優」と耳を澄ませないと聞き取れないレベルの声量で言った。 「ぶっ……ふふふ……!」 「な、なんだよ!」 「しかも結局しなかったんでしょ?」 夢の中の話で、しかも未遂なのにここまで申し訳なさそうに肩を竦め背中を丸めている彼の様子が面白すぎる。と同時に、浮気なんて器用な真似がこの人に出来るわけないのだということを改めて再確認してしまった。 「……なかったんだ」 「え?」 「だから! 夢ん中でオレのが勃たなかったんだよ!」 その言葉のあと、私たちの間を流れた沈黙は何秒だっただろう。本当に頭が痛くなってきた気がする。しかし、絶句している私に対して寿くんの表情はどこまでも真面目である。 「だからよ、ちょっと服捲ってみせてくんね?」 「なんて?」 この人はなにを言っているんですか? その言葉の意味も、どうしてそんなことを求めてくるのかもなんとなく理解できたが、理解できてしまったことすら一刻も早く無かったことにしてしまいたくなった。早くこの場を切り抜けなければ、このままこの男のトンチキムーブに乗せられてしまう。 「やべーんだって、オレのが使えなくなったかもしんねーんだよ!」 「し、知らないよ! 勝手にえっちな動画でもなんでも見たらいいでしょ!」 謎すぎる会話に頭が疲弊し始めている。もうさっさとこの場から離れたい一心でベッドから出ようと体を起こしたら、突然グイッと腕を掴まれ、強引に引き寄せられてしまった。咄嗟に「ぎゃあ!」なんて色気もへったくれもない声を上げてしまう。 「や、やだやだ! ヘンタイ! 離して!」 「ヘンタイって、まだなんもしてねーだろ!」 ちょっと抱きしめさせろ、そんだけでいいから、と続けた寿くんは、自分の胸にすっぽりと収めた私のことをぎゅう、と抱きしめて、覆いかぶさるみたいにぐいぐいと首筋に顔を押し付けてきた。重たいよ、と不満を漏らしても、その強烈なハグから解放されることはなく。 ああもう仕方ない、と抵抗することを諦めた私は、ひとつため息をついてから小さな子をあやすみたいによしよし、と彼の背中を撫でる。 どれぐらいの時間そうしていただろう。起きがけから寿くんのトンチキ行動に振り回され、もうすっかり覚醒した頭で「朝ごはん、何食べようかなあ」なんて考えていた私は「なあ」という彼の声でそろそろ満足してくれたらしいことを察する。 「ん? そろそろ解放してくれる気になった?」 「いや……おまえのこと抱きしめてにおいかいでたらよ、その、なんか」 普通にちゃんと勃ったわ、とようやく私の首筋から顔を離した寿くんが心底安堵した表情で言った。いつもギュン、と上がっている凛々しい眉毛が今は珍しくハの字になっている。普段じゃとても見られない情けない表情がおかしくて、加えて律儀に報告されたのはちゃんと機能した彼の息子のこと。 ついに堪えきれなくなってしまい、おなかが痙攣したみたいに引き攣りはじめ、弾けたように笑いが止まらなくなってしまった。 そんな私を見つめながら「は……?」と小さく零した彼は、呆気にとられた様子で目をぱちくりさせている。 「な、なんだよ! こっちは一大事だったのに!」 そう言いながら憤慨している寿くん。いろんな意味で真っ直ぐすぎて困ることもたくさんあるし、私はいつだってそんな彼に振り回されてばっかりだ。 でも、悔しいけれど認めることにしよう。私はやっぱり、彼の嘘がつけなくて素直すぎるところを愛しいと感じてしまうのだ。 index. |