( 幼馴染の越野くん )

 部活が終わったのは午後6時だったけれど、なんやかんやでいつも居残って軽く自主練をして帰るのが常だった。
 同じくいつも居残っている福田と1on1をして、シュート練をして、軽くストレッチをして気づけば夜の8時を回っている。

 体育館の鍵を返してくると言った福田の言葉に甘えて、それじゃあまた明日な、と軽く手を振って別れる。蒸し暑い6月末、軽くシャワーを浴びたのにもうすでに肌がじわりと汗ばんでくる。
 今の時期は日が長く、夜の6時や7時を回ってもまだ辺りが真っ暗になることはない。それでも8時をまわるとさすがに暗くなっている。
 家へ帰る途中のコンビニの明かりだけは夜でも昼でも変わらなく煌々と辺りを照らしていて、ふと寄り道して買い食いをしてしまおうか、と考えたけれど家に帰れば食事が用意されているであろうことを思い出してぐっと堪えた。
 ここまではいつも通り、だったんだけど。

「なにしてんだ、こんなとこで」

 思わず声を掛けていた。
 コンビニの前で下を向きながらぼんやりとしているその人物は同じ学校の制服を着た女子生徒で、そして幼馴染で、隣の家に住む同学年のアイツだった。
 彼女はきょとんとした様子でオレの方に視線を向けると「あ」と小さく口をあけてこちらにひらひらと手を振った。

「ヒロくん、いまバスケ終わり?お疲れさま」

 ヒロくん、なんてオレの事を呼んでくるのはこいつしかいない。
 小さい頃からかわらずそう呼ばれ続けているけど、さすがに学校で「ヒロくん、辞書貸して」なんてクラスの奴らの前で言われるのはこっぱずかしくなってきた最近である。

「もう8時過ぎてんだぞ」
「うん、お母さんとケンカしたの、進路のことで」
「うっわ、考えたくねえな進路とか」
「それ言ったらケンカになって塾やすんじゃった」
「は?……ずっとここにいたのかよ!?」

 うん、と頷いた彼女は「さっきそういえば仙道くんが通ったなあ」とぼんやりした口調で言う。仙道は居残らないでさっさと6時過ぎに帰ってしまっていた。
 2時間前ってそれもうさっきじゃねえじゃんか!と思わず怒鳴りつけていた。彼女は目を細めて「ヒロくんすぐ怒る」とムスっとしているが自業自得だと更に畳みかけてやった。
 もっと居られる場所はあったろうに、たとえば図書館とか…は夕方で閉まってしまうからダメか。
 それでも治安のいいとはいえないコンビニの前にずっといるなんてなんて危機感のない女なんだと呆れ返りそうになる。

「こんなとこにいたらあぶねーだろ!」
「でも、いま日が長いから夜もそんなに暗くないし」
「そういう問題じゃねえ!帰るぞ、塾も終わる時間だろ」
「うん、時間潰せたし。あ、そうだちょっと待ってて!」

 そういって手を打った彼女はぱたぱたと駆け出してコンビニの中へと入っていった。なにやらレジで購入しているらしい。
 受け取った袋を抱えて勢いよく店から飛び出して来るやいなや「おまたせ!」と満面の笑みを浮かべている。
 はいこれ、とその袋から取り出されたのはほかほかの湯気を立てる肉まんだった。

「夏に肉まんて、アイスだろ普通…」
「文句があるなら食べなくてよろしい」
「イタダキマス」

 彼女は「私をエスコートして連れ帰ってくれるからこれ先払いのお礼ね」と笑いながら横で肉まんをふたつに割って片方にかぶりついている。
 何言ってんだ、こりゃおばさんが業を煮やす気持ちもわかるな、とマイペースな幼馴染を眺めながら、そのペースに巻き込まれたオレは自分の口角がついつい上がってしまっていたことに気づいてはっとした。
 家へ戻る道を二人並んで歩きながら、夏にそぐわない肉まんに彼女と同じようにかぶりつく。適度な塩味が口の中に広がって、思わず「うっめえ」と声に出してしまうと、彼女は「私の奢りだもん」と悪戯に笑った。

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