( 魚住くんのお手製弁当 )

「ん?どうした?」

 そう声を掛けると、あからさまにこちらをじーっとみていたクラスメイトの女子生徒がはっとしたように目をぱちくりとさせて「じーっとみてごめん!」と駆け寄ってきた。

「魚住くん、お弁当いつもおいしそうだなって」

 ずっと思ってたんだよね、と言った彼女は照れたように笑いながらそういった。4限が終わった昼休み、視線を感じた理由はそれだったのかと納得する。

「ああ、これか。いつも自分で作ってるんだ」
「え…!?じ、自分で!?」

 彼女が驚くのもなんとなくわかる。というか、自分の見てくれに関しては自分が一番よく理解しているし、料理なんかしそうにないと思われているのだろうということは容易に想像できた。

「いま失礼なこと考えてるだろ」
「あ、いや!ええと…はいゴメンナサイ、魚住くんがお料理って想像できなくて」

 照れ笑いを浮かべたり、驚いて目を丸くしたり、申し訳なさそうに眉根を下げたり、百面相している彼女のコロコロ変わる表情が面白くて、思わず笑ってしまっていた。

「それにしてもすごいね、バスケ部ってハードでしょ?朝練もあるのにこんなおいしそうなお弁当まで作ってるなんて」

 キャプテンになる人はなんでもオールマイティにできないといけないんだなあ、とか勝手なことをいいながらウンウンと納得したようにうなずいている彼女を眺める。
 そんなことないと思うぞ、といいつつ、俺は自分の弁当から出汁巻き卵を取り出して彼女の方へと差し出す。自分がどうしてこんなことをしているのかはよくわからない。勝手に体が動いてしまっていた。
 くれるの!?と目を輝かせた彼女は躊躇する様子もなく、しかもなんと俺の手首を逃がさないようにガッとつかむとそのままそれにパクついた。

「あーんされちゃった、へへ……ってなにこれめちゃくちゃおいしい!」

 迷う間もなく食らいついてきたくせにそんなこと言うか?と思うのと同時に、自分の行動が信じられなくて耳の辺りがじんわりと熱くなってくる。

「実家が寿司屋でな」
「そうなの!?あ、ご、ごめん驚いてばっかりだね、私…」
「夏の大会が終わったら実家の手伝いを始めるんだ。これ、まだバスケ部のヤツらにも言ってないんだぞ」
「そうなんだ…そっか!うん、わかった黙ってる!と、いうわけで黙ってるかわりにといっては何だけどまた食べたいな!」

 いいでしょ?といたずらっぽく笑う彼女を見ながら「このやろう…」と思いつつ、ああ、と頷いている自分がいて少しだけ驚く。
 それじゃあ魚住くんのお弁当を並んで食べる日を決めないとね!とどんどん計画を進めていく彼女。
 拒否する間もなく進んでいく話にノーを言わないのは、言えないのではなく自分自身が「ノー」と思っていないからだということを認めるのにはまだいささか時間が掛かりそうだ。

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