▽ 10000打フリリク、宮城くんが絡んでくる話。 ※ 大学在学中、18話あたりのお話です。 - - - 三井寿という人はオレの高校時代からの先輩である。 今となっては笑える思い出みたいになってる高校時代のゴタゴタだったり、三井さんが推薦もらった大学とオレが声をかけてもらった大学が同じだったせいで、こうしていまでもつるんでいるというわけだ。 腐れ縁、という言葉が頭の中に浮かぶ。完璧にそうだと思う。 2年もバスケやらないでふらふらしていたせいか、3年になってからバスケ部に復帰したあの人の体力はまあ見ていられないほどに無くて、そのくせ謎の負けん気と気力と飛びぬけた集中力だけはピカイチで、試合中崖っぷちの場面でもゲーゲーしながら何度も不死鳥みたいに蘇ったりしていた。 本人も自分の体力のなさをめちゃくちゃ気にしていたらしくて、大学に入ってからストイックに努力してそこそこ克服したらしい。 オレが湘北を卒業するちょっと前、大学へ挨拶に行ったら「よう宮城、また宜しくな」とか言いながらドヤ顔してるあの人が居た。 で、大学生になってた三井さんは高校の時以上にバスケに打ち込んでいた。加えてちゃんと学業にも励んでいるらしくて、結局のところ根がマジメなんだよなあと思った。チョーシ乗りそうでめんどくさいから本人には言わないけど。 「三井さんさ、もっと遊ぼうとか思わないの?」 子どもみたいに2、3度目をぱちぱちさせた三井さんは、ラーメンをすする手を止めてオレの事をしばらくじーっと見つめると眉間に深い皺を寄せて訝しげに目を細めた。 「んだそれ、どーゆー意味だ?」 「バスケベンキョーバスケベンキョーってさ、ちょっと息抜きしたほうがいいんじゃないのって話」 ああ…と理解したように低い声で呟いた三井さんは、顎に手をあてて何やら考え込むように視線を斜め下に向けている。 これは口にしたら短気なこの人の琴線に触れそうだから言わないけれど、三井さんという人は器用に見えて実はそうではないということをオレは知っていた。じゃなきゃ高校の時に2年も意地になってすげー好きなバスケから離れたり、ましてやヤケになって襲撃事件を起こしたりなんてしなかったはずだからだ。 猪突猛進かつ一点集中タイプのくせに、バスケやってるところだけ見てるとすげーセンスだし、なんでも出来ちまいそうだけどそうじゃない。ひとつの事にまっすぐだから他のことに手を付けられないのだ。オレみたいに上手く他の所で力を抜いたりとか、そういう器用な事ができるような人ではない。 「なんかよ、こえーんだよな」 「こわい?」 「バスケやってねーとまたフラフラしちまうんじゃねーかとか、勉強しねーでいるとまた苦しむんじゃねーかとか」 この人の中には、未だに高校時代のあの2年間が暗く色濃く影を落としている。 逆に言えばあの頃のチームメイト、つまり俺たちはあの事件のことなんてもうとっくに過去のことにしてしまっているのに、当の本人だけはまだヒッソリと囚われ続けているというわけだ。 「うわっ女々しっ」 茶化すように飛び出た言葉に三井さんは「オメーに話すんじゃなかった!」と吐き捨ててまた勢いよく目の前のラーメンをすすり始める。 アンタもうさんざん活躍してるじゃん、とオレの口から言うと、ひねくれたこの人はバカにされたと感じてしまうかもしれない。いつも「オレは三井だぞ」とか言って自信満々なくせにさ。 「オメーもあんま代返とか頼みまくってっと単位落として痛い目見るぞ」 「オレはそういうとこ計算できるから、三井さんみたくうっかり寝坊して出席ギリギリとかにはならないッスよ」 なんでその話知ってんだ!? と慌てている三井さん。ついこないだ赤木のダンナと木暮さんを交えて4人で飲んだ時、ハイペースで酒をあおってさっさとへべれけになった三井さんは自分で暴露していた。どうやら記憶にないらしい。 とまあ、こんなかんじの人なので「あとでもうちょっと遊んどいてもよかったかも」とか、大学を卒業したあとで言い出すんじゃないかなと勝手に思っていたのはオレが2年の夏の終わり。 長い夏休みが終わって後期が始まった9月末。それから少し経って冬の気配を感じる程度に肌寒くなってきた頃、大学の食堂で我が目を疑う光景を見た。 あの三井さんが、あのバスケ馬鹿で「女とか今はめんどい、無理」とか言ってた三井さんが、合コンにもほとんど顔を出さず、気まぐれにちょっと出てみれば「疲れたからもう行かねえ」とか言うだけだった三井さんが、女の子と向き合って笑顔まで見せながら会話をしていたのだ。 驚きすぎたオレは思わずさっと柱の陰に隠れる。いつも俺に見せる意地わるそうなニヤニヤ笑いじゃない、年相応の男子大学生みたいに笑う三井さんはなんだかこっちまで照れちまうような顔をしていた。 かけていたサングラスを外して目をこすり、遮るものをなくした状態でこっそりその二人の様子を覗き見る。 何を話しているのかはわからないが、時折笑いを交えながら会話をする二人はどうみてもいい感じだったし、付き合ってるようにしか見えなかった。 なんだよ三井あのヤロウ! つい2週間前ぐらいまで「バスケと勉強してねーとまだダメになっちまう」とか女々しいこと言ってたくせに! 部内で合コンに誘われるたびに「女めんどくせえし」とか言って断ってたくせに! カッコつけ男かよチクショウ! いろいろ思い出したら無性にイライラしてきた。なんだよ三井さんパチこきやがって。バチ当たれ、そしてフラれろ! オレは穏やかに談笑しながら昼食を摂る三井さんとその彼女の会話が気になって、サングラスをかけなおすと二人の座るテーブルの方へと歩み寄っていく。 めっちゃ腹を空かせとくだの、鍋欲がやばいだの言っている三井さんの背後に立って「何スか鍋欲って」と声を掛けたら、途端に声を低くした三井さんが「あ?」と言いながらこちらを振り向いた。一方、オレの事をじっと見つめながらきょとんとしてるお相手は穏やかそうな雰囲気をまとった人だった。 へえ、三井さんこういう女の子がタイプなわけね。 で、まあ結局のところそんな甘い雰囲気を出しまくりだったくせに、この時の2人はまだくっ付いていなかったのだ。 苗字名前さんという人は、第一印象の通りに穏やかでのんびりとした人だった。 ガサツで短気で口のわるい三井さんにはもったいねーと思うぐらい人のいい名前さんだから、果たして三井さんはどうなるのかな……と思いきや、あの人なりになんとか頑張って女子に対する気の遣い方をしているらしかった。 「……宮城、おまえ知ってただろ」 何がスか? とすっとぼけてみたら、三井さんは小さく舌打ちをした。 11月末のリーグ戦最終戦、名前さんが観戦しに来ていることを知らなかった三井さんは、試合後に彼女の姿を見つけると一目散に駆け出した。 で、しばらくしてから戻ってきた三井さんはシャワーを浴びて、髪の毛から雫をこぼしながら据わった目で着替えているオレのところまでやってきたわけだ。 「でもアンタ今日調子良かったんだからいいじゃん、カッコイイとこ見せられたっしょ」 三井さんは無言で深いため息をついてから、なにやら自分の右手をじーっと見つめていた。 それからしばらくしてなんやかんやで二人はそのままくっついたわけだけど、絶妙に噛み合ってんだかズレてるんだかよくわからない2人だったから、付き合って早々にすれ違いが生じたりしていた。 で、そのピンチを救ってあげたのがこのオレ、宮城リョータなわけです。 いや、それにしても貢献しすぎでしょ。神様から結構なご褒美が与えられたっていいレベルなんじゃないかと思う、割とマジで。 「あの三井に彼女かぁ……」 木暮さんが感慨深げに言う。 そうなんですよデリカシーなし男のくせに生意気ッスよね、と言ったオレ。そして腕を組んでいる赤木さんも「生意気だな」と低い声でひとこと。おいおい、祝ってやろうよと眉をハの字にして言う木暮さんのなんと優しいことか。 赤木さんと木暮さんは現在同じ大学に通い、オレたちと同じくバスケを続けている。同じリーグなので顔を合わせることも多いし、全員都内に出てきていることから定期的にこうして集まっては飲んでいるというわけだ。 「何だ、オレが最後かよ」 そう言いながら席に着いた三井さんが、店員に飲み物を注文しながらニタリと笑って「おめーらに報告がある!心して聞け!」と鼻息荒めに言った。 「あ! 三井、彼女出来たんだってな! おめでとう」 「は!? 木暮なんでそれを……宮城テメーだな! 自分で言うっつったろ!」 「えー? そうでしたっけ?」 いつもの調子でキャンキャン騒ぐ三井さんを、まあまあとたしなめる木暮さん。腕を組んで「うるせえ!」と怒鳴る赤木さんに「オメーのがうるせえぞこのゴリラ!」と突っかかっていく三井さん。 あーあ、と思いながらオレは目の前の唐揚げを摘まみ上げて口に放りこむ。 こうしていると高校時代と変わらない。協調性が無くて、個人個人の我が強くてまとまりがない。木暮さんの負担がいつだってでかいんだよな、ってオレが言えたことではないかもしれないけど。 「ぬははは! まあこん中じゃオレが頭ひとつ、いや体ひとつ以上前にいるっつーことだな諸君!」 君たちも頑張りたまえ!と腹の立つほど尊大な態度で豪快に笑いながら運ばれてきた生ビールをグイっと流し込む三井さん。 この浮かれポンチ先輩、ついこないだ自分の失言でやらかして付き合って早々ヤバい雰囲気になったばっかりなのに、という話は今日のところは黙っておくことにしよう。なんて優しい後輩なんだろう、オレって。 そういや年末は桜木と流川が帰ってくるらしいぞ、という赤木さんの言葉に、木暮さんがまたみんなで集まれたらいいよな、と返す。 「なあ三井、今度彼女さんもつれて来いよ」 挨拶したいし、と言った木暮さんに「おまえはオレのホゴシャかよ」と三井さんが照れくさそうに顎を触りながら返す。 「宮城、お前はどうなんだ。最近」 「いや……赤木のダンナ、今それ聞きます? 悲しいことに相変わらずなんもねーよ!」 次こそは、次こそはオレの春が来ますように。オレの番でありますように。赤木さんより木暮さんより、流川より花道よりこのオレ! どうかこの宮城リョータでありますように! そう、心の中で静かに手を合わせながら目の前のジョッキを一気にあおった。 --- Rocky Strat Happy Show. |