24.

 十二月二十四日、世間でいうところのクリスマスイブ。どうしてか本番の二十五日よりも盛り上がるこの日は、アルバイト先の花屋もかき入れ時だった。ここでアルバイトをはじめてから三度目のクリスマス。花屋の繁忙期は五月の母の日、お盆、それにクリスマスから年末にかけてである。
 出来上がった花束の茎を切りそろえ、湿らせた脱脂綿を巻き付けてからアルミホイルで包む。オーガンジーのような薄手のカラーペーパー、その上からラッピング用のセロファン。最後にリボンをつけて花束の完成だ。

「おまたせいたしました。お色味、こんなかんじでいかがでしょうか?」

 見たところ、私と同じくらいに見える男性客に作った花束を見せると、彼は「大丈夫です」と簡潔に言って目を逸らしてしまう。このお客さん、お付き合いしてる人にお花を渡すのかな。それとも、まだ付き合ってないけど今日会うとか? プロポーズだったりして! なんて勝手に脳内で想像を巡らせる。
 やわらかい色合いをしたイエローのカラーペーパーに、青みの強い緑のリボン。出来上がった花束と、選んだラッピングの色に了承を得られたのでリボンにハサミの背を滑らせてカールを施す。

「へえ……すごいな、そうやって巻くんですね」

 思わず漏らしてしまったような彼のその呟きに「ありがとうございます」と返しながら、技術をほめられたうれしさにちょっぴり口元が緩んだ。三年間もこうして働いていると、いつの間にやらいろんなスキルが身につくものだ。
 彼がこのお花を渡す時、お相手の方が喜んでくれますように。その気持ちをこめながら、リボンの形を整える。勝手に好意を持っている人に渡すのだろうと想像していたが、間違いなくそうだという自信があった。察しのわるい私にもわかる。だって、お花屋さんに来てソワソワしてる男性客は、ほぼ確実に大事な人へ渡すお花を購入しに来ているからだ。

「喜んでくださるといいですね」

 あっ、しまった。ついうっかり口に出してしまった。店の外まで出て、男性客を見送る直前に花束を手渡しながら零れてしまった言葉に、はっとして手で口をおさえる。しあわせオーラにあてられて、つい言わなくていいことを言ってしまった。
 しかし、彼は一瞬目を丸くして私を見たあと、花束を受け取りながらはにかみつつ「そうだといいんですけど」と照れくさそうに笑った。軽くお辞儀をして駅の方向に歩いていく彼の背中に向かって「がんばれお兄さん!」と心の中で強く唱える。お願い事をするようにぎゅっと両手の指を組み、胸の前で握って念を送る。

「こんな日に出てもらっちゃってごめんね」

 ぎゅっと目をつぶってお客さんの成功を念じていた私は、背後から掛けられた声に気づいて組み合わせていた指を解いた。振り向くと、申し訳なさそうな表情をしている店長が「今日イブなのに」とひとこと。

「名前ちゃんだってあの男前な彼氏と予定あったでしょ」
「へ……? あっ、彼氏……は今日部活なんです。だから会うのは夜ってことになってて」

 だからむしろ日中にシフト入らせてもらえてよかったって思ってます! と私は右腕をあげて力こぶを作りながら拳をぐっと握ってみせた。
 三井くんと一緒に過ごそうと話をしていたのは夜なので、それまでずっとソワソワしながら部屋で待っているほうが心臓にわるい。それならいっそ働いてしまって、クリスマスの雰囲気を感じながら頭の中を違うことでいっぱいにしていたほうがいいと思ったのだ。

「ああもう! あたしはあんたに今日この世でいちばんしあわせになってほしい!」
「えっ? はい、ありがとうございます……?」

 がばっと飛びついてきた店長に強く強く抱きしめられながら、その勢いで後ろに倒れないように足を踏ん張る。ちょっぴり、いやかなりくるしくて「あの……」と声を掛けてみたけれど、しばらくは離してもらえなさそうだ。
 就職活動が始まった今、ここでアルバイトするのも一応年内までということにしている。つまりあと数回。そのことを伝えた時に「さっさと就職決めて戻っておいで! っていうかうちに就職したらいいのに」という言葉を賜ってしまった。本当によくしてもらっていると思う。
 大学に入って、ひとりぐらしをはじめて、学びたかったことを学んで、気兼ねしない友達がいて、アルバイト先で人に恵まれて、そして三井くんに出会って。学生でいられる時間はまだあと一年とすこしあるけれど、我ながらこれまでもなかなかに充実した大学生活を送れているんじゃないかと思う。

「さ、ほら三時だよ! 朝からありがとね、もう上がる時間!」

 さっさと帰って準備とかあるでしょ! と勢いよくおしりをたたかれて、私はその衝撃で少し跳ねてしまう。痛むおしりを抑えながら「お先に失礼します」といってエプロンを外す。短めの長靴を脱ぎ、履いてきたブーツに履き替えてから、ぺこりと頭を下げて店を出る。
 日本人なんて、きっと本当はほとんどが関係ないはずのこの日。それなのに、道を行く人のうきうきとした雰囲気と、すっかりクリスマスムード一色になった街の姿にあてられて、わくわくする気持ちは抑えられない。ぴゅう、と吹いた冷たい風にむき出しの耳がピリッと痛む。鞄の中から取り出したリップクリームをかさついた唇に塗って、冷えた手のひらをポケットに突っ込んだ。
 あったかくて、ちょっとだけ手間のかかったごはんを作って、部活に精をだしているだいすきな人を待つこれからの時間。わくわくしすぎてスキップしそうになるの堪えながら、私はいつもより浮かれた町の大通りを進んだ。


***


 ジーンズの後ろポケットに突っ込んでいた携帯電話がぶるぶると震えて、あわてて応答ボタンを押すと「おう、オレだけど」という三井くんの声がした。時刻はもうすぐ十八時。キッチンでポトフを煮込みながら、私は携帯から聞こえてきた彼の声に「おつかれさま」と返す。

「ケーキ買って帰るけどホールか、それともカットで色んなのかどっちがいい?」

 非常に悩ましい究極の選択だ。でも今日は特別な日だし、クリスマスイブだし、雰囲気を楽しみたいし。そんなわけで私は「ホールケーキ!」としばらくの沈黙のあと答えた。

「んじゃ小さめのやつ買うわ。いま練習終わったからもう少しだけ待ってろよな」
「うん、気を付けてね」

 おう、という声のあと、通話が切れる。特別な日だからというのはもちろんだけど、やっぱり三井くんが私の部屋にごはんを食べにくる日はいまだにわくわくしてしまう自分がいる。
 知り合ったのは九月の半ばで、あっという間に三ヶ月。あの授業で三井くんが遅れてきて私のとなりの席に座ったことと、その時に筆記用具をまるごと忘れてきたこと。それがなかったらお互い知り合うことなんてなかったと思う。それに知り合ったときはまさかこんな関係になるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
 背が高くて、すこしだけ強面で、いつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せているのがデフォルトだった彼の無邪気な笑顔を初めてみたとき、少しドキドキしてしまったことを思い出す。会話をすればするほど、そして知らない表情を知るほどにいつの間にか彼の事をすごく好きになっていった。そんな風に自分の心が変わっていっているのを認めるのがこわくて、気づかないふりをしていたこともあった。
 そんな彼と一緒にいられることが、どんなに素敵でしあわせなことだろうと考えるたび、やっぱりバチが当たるんじゃないかと思ってしまう。
 パングラタンを入れたオーブンが焼き上がりの音を鳴らすのと、インターホンが鳴るのはほぼ同時だった。はい、と出た受話器の向こうで彼の声を、そして画面越しに姿を確認して玄関のドアを開ける。
 目を細めながら歯を見せてニッと笑う三井くんは、顔の横で得意げにケーキの箱を掲げている。それを受け取り冷蔵庫にしまっている私の後ろで、玄関に上がった彼は「へっくしゅ!」と大きなくしゃみをした。
 さみい……と言いながらずず、と鼻をすする三井くんの短い髪の毛は少しだけ濡れていて、私はすべてを察する。部活が終わってシャワーを浴びて、適当に髪の毛を拭い、乾かしもせず飛び出してきたのだろう。

「髪の毛ちゃんと乾かしてこなきゃ風邪引いちゃうよ」
「だって名前待たせてっし、それによ」

 早くカオ見たかったし、と照れくさそうに目を逸らしながら口を尖らせる彼の表情はこれ以上ないってぐらいにかわいらしくて、思わず胸がぎゅうっとくるしくなった。困ったなあ、いつになったらこの人のこういうところ、軽く流せるようになるのだろう。
 靴を脱いだばかりの三井くんの腕を引っ張ってテーブルの前に座らせる。彼の着ていた黒のダウンジャケットをひっぺがえすように脱がせてハンガーに掛け、引っ掴んだタオルで生乾きの髪の毛を少しだけ乱暴に拭ったら「オレの毛根にやさしくしろ!」なんてうるさい注文が付けられる。

「だったらちゃんと乾かしてから来なさい!」

 そう言いながらドライヤーのスイッチを入れ、見た目のわりに柔らかい髪の毛に当てる。外の寒気のせいで冷たくなった髪の毛は温風によってすぐに乾いてしまった。

「サンキュ。あ、皿出すだろ」
「ううん大丈夫、私にまかせて座ってて」

 私がこたつの電源を入れると「これ、オレ出られなくなっちまうんだよな」とぼやく三井くん。背中を縮めて暖を取ろうとする彼の姿はさながら猫の様だ。一息ついてぼんやりとテレビを眺める姿をみとめてから、私は作った料理を運ぶべくキッチンに戻った。

 相変わらず出した料理をぺろりと綺麗に平らげてくれた三井くんは、お皿やらをキッチンに戻し「いつもうめーメシ、ごちそうさんです」といいながら私の前で手を合わせてふたたびこたつに潜った。
 三井くんと私が彼氏と彼女という関係になって、彼が私のことを名前で呼び始めて、外を歩くときに手をつなぐようになったりしても、その前からこうして私の部屋で一緒にごはんを食べることは変わっていない。大切で、大好きな時間だ。大好きな人がこうして目の前でおいしそうにご飯を食べる姿を見られること、そして抑えきれないぐらい愛おしさの籠った声で名前を呼ばれることって、これ以上ないぐらいに贅沢だと思う。

「なーにニヤニヤしてんだ」
「してない」
「してたっつーの」

 ムッツリ女、と少々イラッとする表情で煽ってくる三井くん。もし今すぐここに宮城くんを召喚できたなら、バッと言い返してこの男を返り討ちにしてくれただろうに。

「まあいいや。オレさ、おまえに渡したいモンあんだ」
「あ、私もあるよ!」

 リュックの中をごそごそやりながら「マジで?」と言ってきょとんとしている三井くん。そりゃあ用意しますとも! っていうか無いと思ってたのかな、と考えながら、私はクローゼットの中に忍ばせておいた紙袋を取り出す。
 三井くんは手のひらでは余るくらいの大きさのラッピングされた箱を「これ」と言って私に押し付けてくる。薄いピンク色の箱に赤いリボンがかけられていて、日中に店員として同じような状況に遭遇していた私は「箱とリボンはどのお色にいたしますか?」と彼も聞かれて選んだのだろうかと考えてしまう。もうそれだけで胸がいっぱいになってしまいそうだ。

「……はやく開けろって」

 こたつに入ったまま、テーブルに顎を乗せてしかめっ面で言う三井くん。綺麗に結ばれたリボンを解き、ドキドキしながら箱を開ける。

「手袋……?」
「おう」

 頬をぽりぽりと掻いた三井くんは「すげー冷え症のくせに手袋してねえだろ。手、いつも冷てーからよ」と続ける。
 彼の言う通り、私は手袋をもっていない。なぜかというと、高校の時に気に入っていた手袋を片方どこかで失くしてしまったことがあって、手袋を持つことに少し躊躇してしまっていたからだ。それからはちょっとぐらい寒くたってガマンすればいいやとか、ポケットに入れちゃえばいいやって思っていたけれど、どうやら彼はとても気にしてくれていたらしい。

「私のこと考えて選んでくれたんだなってわかる。すごくうれしい!」

 三井くんがくれたものなら絶対に失くせないし失くすわけない。うれしくて口の端が自然と上がってしまうのを堪えていたら「またニヤニヤしてる」と額を軽く小突かれてしまった。

「すげー悩んだんだぜ。その、カノジョにプレゼントとかそーゆーの初めてだからよ」

 本当はプレゼントなんか全然重要じゃなくて、三井くんが私のことを考えて悩んで選んでくれた気持ちが何よりもうれしかった。もっともっと伝えたいことがあるのに、胸がいっぱいすぎて簡単で普通でありきたりな言葉しか出てこない。口下手な自分がいやになる。
 そんな私を満足げに眺める三井くんと目があってはっとした。私もプレゼントを用意していたのだ。先ほど取り出して脇に置いてあった紙袋を三井くんの目の前にずいっと差し出す。

「ね、私のも開けてみて」

 三井くんは「なんか自分の番になるとドキドキするな」と言いながら紙袋から平たい紺色の箱を取り出し、その中のものを引っ張り出した。

「なんだこれ……?」
「それね、スヌードっていって被るマフラーみたいなやつなの。マフラーみたいにぴらぴらしないしほどけたりしないし、被るだけだから自転車乗ったりするときにもいいかなって」

 三井くんがいつも寒い寒いといいながらジャケットの襟元をたぐっていたことを、外を歩いていて冷たい風に吹かれたときにふと思い出した。三井くんが私の冷えた手のことを気にしてくれていたように、私も寒がりなくせに首元を晒しっぱなしの彼のことが気になっていた。

「おまえすごいな、オレの脳内読めてんのか?」
「え……?」
「さみーのにマフラーしねーのはさ、結んだり巻き付けたりしてても落ちてくんのがうざったいからなんだよ」

 へえこりゃいいわ、と言いながらスヌードを被った三井くんと、手袋をつけた両手を前に突き出している私。側から見たら滑稽な光景に違いない。お互いが防寒具を選んでいたということがおかしくて、そして同じことを考えていたことがうれしい。
 やわらかく笑んでいた三井くんの口元がふいにぎゅっと真一文字に結ばれて、私は「ん?」と首を傾げた。被っていたスヌードを脱いでテーブルに置いた三井くんは、その上に突っ伏してしばらく動かなくなってしまう。いきなりどうしたんだろう。

「……オレさ、高校ン時二年間、ちょっと荒れてたんだ」

 顔をあげた三井くんが唐突に吐き出したその台詞に、私はしばらくポカンとしてしまった。バスケやってなくて、宮城と血みどろのケンカしたりしてたんだぜ。そう話す彼の視線はこちらではなくテーブルに向けられている。
 バスケ部のこと、同じ学年の部員の話、彼曰く生意気だという後輩たちの話は聞いたことがあっても、それ以外の話を聞くのは初めてだ。バスケが関わること以外について彼が深く話すことはなかったし、私から聞くこともなかった。

「高校入ってすぐに脚やって、そんでタメのヘタクソがオレの居ない間にすげー活躍してんの見ちまって、ああ別にオレいらねーじゃんって。今思うとアホすぎるけど」

 それから二年間バスケから離れていたこと、その間は学校にもろくに行かなかったり、登校しても真面目に授業を受けることはなかったことなんかをぽつぽつと話してくれた。
 私の頭の中にぽん、と浮かんだのはこのあいだ彼が漏らした「オレがホントはおまえが言ってくれたような奴じゃねーっつったら、どうする?」という言葉だった。ずっとこのことを話すべきかどうか、悩んでいたのだろう。
 三井くんに荒れていた時代があったとしても、今の三井くんは間違いなく私の大好きな彼だ。そんな過去があったとしても、この気持ちが変わるなんていうことは決してないと、胸を張ってそう言える。
 けれど、じゃあ三井くんの立場と私の立場が逆だったら? そう考えてみてから初めて気づく。まっすぐ向き合っていたい人に、自分のほの暗い部分を隠しているのは、きっとすごくつらくて苦しい。
 彼は実直で真面目な人だから、それでここしばらく様子がおかしかったのだろう。本当は私に伝えなくてもいいことなのに。そんなバカ正直で不器用で、真正面からしかぶつかれないところがとんでもなく好きだって言うのは、誉め言葉には思ってもらえないかもしれないな。小さく笑いが漏れてしまって、三井くんは怪訝そうに眉をしかめた。

「あのなあ、オレは今めちゃくちゃ真面目な話してんだぞ? キライって言われんの覚悟してんだからな」
「そんなこと思わないよ。むしろ昔のことなんて言わなくてもいいのに言っちゃうところ、嘘つけない人なんだなって思った」

 荒れていた二年間のことを、彼はとても後悔しているのだろう。

「こないだ名前から就活始まったって話聞いて、オレもずっと考えてたことと向き合わなくちゃいけねーなって思ってよ」

 プロのスカウトをもらうためにこのままバスケ漬けの生活を送るか、もしくは自分の道を正してくれた恩師のように教職を目指すか。三井くんの中にその二つの選択肢があったことに私は気づいていなかった。そういえば、バイト先まで迎えに来てくれた彼が子どもたちにバスケを教えている話をしていた時、すごく楽しそうな表情をしていたことを思い出す。
 荒れていたころの自分を引っ張り上げてくれたという高校時代の顧問の先生、宮城くんやそのほかのチームメイト達の話をする三井くんの表情にここ最近の暗いモヤモヤは見えなくて、吹っ切れたその様子にほっとした。

「授業で名前と初めて会った日のあと、図書館で顔合わしたろ。あん時教採の勉強してて、煮詰まってブラついてたらおまえのこと見つけたんだ」

 三井くんは良くも悪くも猪突猛進って感じだし、認めたくないながらもきっと自分がたくさんの事を一気に抱えられないこと、そして全てを同じだけ深く突き詰めることができるのだろうかと不安だったのだろう。どちらも生半可な気持ちじゃ目指せない道だし、中途半端にはしたくないから、どちらを選ぶかずっとずっと悩んでいたのだ。

「バスケもやりてえし、教えんのもすげー楽しい。恩師みたいになりたいとも思う」

 オレみたいなやつがそうなりてえなんつーのはおこがましいけどよ、と三井くんは続ける。

「だからよ、めちゃくちゃ大変だってわかってるけど全部やることにした」

 そう言って、三井くんは目を細めてニッと笑う。

「引退まで全力でバスケやって、実習いって教採も受ける。なんとなく保険みたいな気持ちで勉強してたけど、オレん中じゃどの道も全部通ってやるつもりだったと思う」

 たぶんな、と付け足してからちらりとこちらを見てきた三井くんと視線が合う。
 私が好きになったこの人は、不器用で言葉を選ぶことが上手じゃないし、融通だって利かない。けれど、何にでも正面からしかぶつかることができない、そんなところが魅力なのだ。何でも器用にこなせるわけじゃないのに、言ったことは全て実現させてしまいそうな不思議な力が三井くんの言葉には宿っている気がする。自然と応援したくなって、ずっと傍でその姿を見ていたくなる。

「三井くんなら、絶対できるよ」

 一瞬目を見開いた三井くんが「おう」と言って口元に小さく笑みを浮かべる。

「名前にそう言われっと、やるぞっつーよりもやれる気しかしねえって思えてくる」

 彼の言葉に「そんなことないよ」って返すのはとても簡単なことで、そんな力が私の言葉に宿っているだなんてとても思えない。だけど彼がそう思ってくれているのならば、それで力になれるのならば。傍にいて鼓舞する言葉を投げることぐらい、いくらだってしてあげられる。
 いつの間にかすっかり瞳の奥を自信の色で満たした三井くんに刺激されて、私もがんばらなきゃ、と改めて思う。ただ背中を見ているだけじゃなくて、ついて行くだけじゃなくて、私も横に並んでいられるように。胸を張ってこの人の隣に居られるように。
 私のほうがきっとたくさんあなたに力をもらってるんだよって、そう伝えるのは私も彼の様に自分の道をしっかり選んで掴んでからでも、きっと遅くはないはずだ。


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