13・5.
( 宮城視点 )

「声出してくぞー!」
「オーッス!」

 土曜日の昼下がり。体育館にはバッシュが床を擦る音が響く。
 リーグ戦の最終戦を十一月の頭に終えたオレたちのチームは順位を四位とし、来月から始まるインカレことインターカレッジに向けてまた練習に励んでいる。
 各々がストレッチとランニングをして、体が温まってからひと通りの基礎練、パス練、シュート練をこなす。それから始まったのが連携のためのポジショニング練習。
 ところで、いきなりだがオレはいろんなことによく気がつくタイプだと思う。これはいわゆるガードの資質かもしれないし、ただ単にオレの察しがいいだけなのかもしれない。
 というのも、わかりやすすぎるぐらいに三井さんの調子が良いのだ。
 練習が始まって三時間。水分補給の休憩が入ったところで、オレは座り込んで汗を拭う三井さんの横にしゃがみこんだ。

「三井さん、今日めちゃくちゃ調子いいっしょ」
「んー? ……そうだな、これが試合の日ならいいけどな」

 そうさらりと答えた高校時代からの先輩は、乱暴に顔の汗を拭ったタオルを自分の首に掛けなおしながら息を吐く。
 うーん、なんつーか顔色がいいんだよな。血色が良いっていえばいいのか、ああそうだ。

「なんかスッキリした顔してません?」

 そう、自分で声に出してみてから気づいた。
 まさか、まさかまさかまさか、まさかこの男。
 当の三井さんを見ると、驚いた表情で目を丸くして、オレを凝視しながらフリーズしている。それからゆらゆらと斜め上に落ち着きなく視線を動かすと、酒でもあおるように勢いよくスポーツドリンクを飲んだ。

「ゲホッ!」

 で、案の定むせている。この人、こういうところめちゃくちゃアホっぽいんだよな。
 いや、でもそんなことよりも。

「え、ちょっと待ってくださいね、確認ですけどもしかして」

 名前さんに告ったの?
 オレのその問いに、ゲホゲホむせていた三井さんは顔を真っ赤にして、首にかけたタオルで口元をぬぐいながら小さくこくんと頷いた。照れて赤くなっているのか、むせすぎて赤くなってるのはよくわからない。多分どっちもだろう。

「……おう」

 一切目を合わせようとしない三井さんは照れ隠しなのかなんなのか、高校時代にオレがつけてやった顎の傷あたりを触りながら、短くポツリと肯定の意を口にした。そして表情からわかる、上手くいったのだということが。

「……それだけッスか?」
「まあ、ふっ、そうだな……ハハハ」

 ニヤついちゃってるよ、なんなんだこの人。
 もう一度言おう、オレは察しのいい方だ。この人の調子がやたら良くて、顔色も良くて、なんだかスッキリした様子なのがどうしてなのか。点と点が繋がって、何があったのかをすぐに察してしまった。
 ああ、なんてこった。脳内に浮かぶのはこの男の想い人である女性の顔。名前さんは穏やかで、ほんわかとしていて、初対面でも優しくて、ふんわりと笑う姿がかわいらしい人だ。

「この野獣! バスケと安西先生にしかキョーミねえみたいな顔して!」
「バカヤロー合意だ! ……でもその、なんだ、な、流れでよ……」
「アンタが名前さんのこと好きってのは見ててバレバレだったけどさ」
「マ、マジか……!? オレってそんなにわかりやすいか!?」
「論点はそこじゃねえ! 手を出すのが! 早い!」
「色々あったんだっつの! その、色々……」

 ああもうそんなの知らねーよ! つーか頬染めてんじゃねえ!
 周りのチームメイトたちがなんだなんだとザワつきはじめるが「また三井と宮城か」「やらせとけやらせとけ」「休憩中だってのに元気だな」みたいな声が聞こえてくる。

「なあ宮城、あんまデケー声で言うなって。めんどくせーだろ、根掘り葉掘り聞かれるのとか。その……そういうので名前に迷惑かけたくねえんだよ」 

 オレには見えている。声を潜めてそんな事を言うこの男の周りに、しあわせなオーラが充満しているのが。今にもふわふわと花びらでも舞い始めそうなのが。
 あーあ、名前だって。そんな愛情込めて名前呼んじゃってさ。ひがんではいない。決してひがんではいない、ねたんでもいない。あえてもう一度言わせてほしい。オレは、この宮城リョータはひがんでもねたんでもいません。誓います。
 なんやかんやでこの人との付き合いは長くて腐れ縁ってやつだし、ウザい先輩だなと思うことのほうが多いけど、だからって世話になってないわけじゃないし。しあわせそうにしてくれてんのはいいことだ。
 つーか三井さん、彼女出来るとこんな感じになっちゃうんだな。一周まわって面白すぎる。それにしたって、だ。
 花道! 大変だ! この元ヤンキーで元ロン毛でオレらより喧嘩弱いくせにイキってた差し歯男が一歩前に出ちまったぞ! なんてこった! ちくしょう! でもおめでたいっちゃあおめでたい! ちくしょう! おめでとう三井さん! ちくしょう! 
 なんて、心の中で届くはずもない渡米している後輩に呼びかけてみたりなんかしてしまった。

「あー、えっと、とにかくよかったね、オメデトーゴザイマス」
「おう、あんがとな」

 そう言って歯を見せて笑う三井さんの顔を見ていたら、なんかもう色んな事がどうでもよくなってきた。チクショー、心の底からしあわせそうな顔しやがって。おめでとう三井さん、長く続くといいですね! ケッ!
 三井さん、バスケ以外はてんで不器用だし、生活力ないし短気だしポンコツだけど、悪い男じゃないからよろしくねって今度名前さんに会った時にでも言っておこう。いや、でもきっとそんなことはもう彼女だって知ってるか。

「アンタ、名前さんのことぜってー大事にしなきゃダメっスよ」
「オメーに言われねえでもめっちゃくちゃ大事にするっつの」

 そんな先輩のはにかんだような表情を見ながら、オレは心の中に高校からの想い人の顔を思い浮かべる。
 アヤちゃん、君はいつになったらオレに振り向いてくれるんだい?
 そうだ、イイこと思いついた。三井さんから溢れんばかりの、いやもうドバドバ溢れているしあわせパワーを少しもらおう。見たところありすぎて困ってるぐらいだろうし、オレがもらってちょうどよくなるだろう。たぶん。
 そう思って三井さんの汗ばんだ右手を引っ掴み、両手で握りしめてパワーのおすそ分けをもらうべく強く念じてみた。
 紅白戦始めるぞ、という声が響き、周りがわらわらと立ち上がる。何してんだきもちわりーな、とオレの意図がわからず訝しげな表情の三井さん。そんなにしなくても、というぐらいタオルでゴシゴシと手を拭っている。なんてヤツだ。

「よし、オレはやるぜ。アヤちゃん……」
「なんだ、おまえまだ彩子のこと好きなのか。どう考えても脈ねーよ、諦めろ」
「……三井さん、大事な差し歯折りますよ」

 やめろ! と怒鳴ってくるこのクソ浮かれポンチ野郎先輩はさておき、オレは髪を整える。次のインカレはアヤちゃんが観にきてくれるといい。もうそれだけでいい。いや、思わくはやっぱり振り向いてくれたらいいななんて、長いこと願ってるんだけどさ。
 立ち上がったらキュッとバッシュが床を鳴らした。

***

「へぶしゅ! ……ん、なんだ? 今だれかに呼ばれたような……。やはり天才はいつなん時も誰かの話題に上がってしまうということか! さすが持っている男、桜木!」


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