8-1. 職場である源田法律事務所の来客用ソファーに座りながら、泣きすぎてしゃくりあげている依頼主の女性の背中をさする。 机を挟んだ対面側に座る源田先生とさおりさん、その横で立ち尽くす星野さん、そして私。誰もが彼女に掛ける言葉が見つからないまま、啜り泣くか細い声と空気の震え、外の喧騒だけが聞こえる重苦しい室内。 私たちがこうして途方に暮れてしまっている理由は、少しだけ時間を遡って説明する他ないだろう。 私の右側に座る女性 ── もとい榊彩葉さんは、アポもなく飛び込みでこの事務所へとやってきた。 ちょうど昼食後だったので給湯室でのんびり歯磨きをしていた私は、急いでうがいを済ませ給湯室から飛び出すと「こちらへどうぞ」と彼女を誘導すべく右手でソファーを示した。 すると、私の姿を視界に留めた彼女は見る見るうちにその瞳を涙でいっぱいにし、縋るように飛びついてきたのだ。 お茶を用意する前でよかった、と思いつつ、咄嗟にその体を支えながら倒れないよう足を踏ん張り、ソファーへ着席させる。そんな様子に只事では無いことを察した源田法律事務所の弁護士先生方も、応接デスクの周りに集まってきたというわけである。 彼女がこの源田法律事務所を訪れた理由、それはこの神室町で誘われ、行われた「パーティー」なるものに参加し、複数の男性から暴行を受けたからだという。暴行、それがつまりそういうことなのだと察した私は、衝撃のあまり言葉を発することが出来なかった。 「弁護士として、そして同じ女としてお力になりたいのですが……」 証拠とそして訴える相手がわからないと弁護士事務所としては、とさおりさんが重苦しい空気の中、口を開いてなんとか言葉を紡ぐ。 そうなのだ、本来このような案件はまず最初に警察を頼るべきなのである。 しかし、彼女はきっと藁にもすがる思いで何とか体を動かしてこの源田法律事務所を訪れ、そして忌々しい、思い出したくもない記憶を赤の他人である私たちに話したのだ。 それはどんなに苦痛なことだったのだろう。実際に経験をした彼女の気持ちを、私なんかが推し量ることなどとてもじゃないが出来るわけがない。寄り添うことしか出来ないもどかしさと、想像を絶するほどの心の傷の深さに喉が詰まりそうになる。 まずは警察に、と言ってしまうのは簡単だ。しかし、それを言ってしまえばこうして体を震わせている彼女はもう一度その場でこの話をしなければならなくなる。それがわかっているから、私たちはそれ以上の言葉を発することが出来ずにいるのだ。 苦しげに視線を落とすさおりさんと、どうにもならないこの状況に眉尻を下げたままの星野さん。 しばらく腕を組みながら何やら思案していた様子の源田先生が「こんな時に頼るべきヤツがいるじゃねえか!」と発したのは、依頼主である彼女のしゃくり上げる声だけが部屋に響くようになってしばらく経った後だった。 その場にいる全員が源田先生に視線を向ける。ソファーから立ち上がった源田先生は、ほとんど駆け足で自分のデスクへと駆け寄る。そしてその机上から私用のスマートフォンを手に取ると、なにやら操作をしたのち手早くそれを耳に当てた。 「おう八神、仕事があるんだが今すぐ来れねえか?」 その言葉を聞いた私たち三人は「その手があったか」と同じことを思い、そして同じ表情をその顔に浮かべていた。 こうして、源田先生からの急な呼び出しにも関わらずおよそ十分後に現れた八神さんは「どうも、暇してた八神です」と冗談めかして言いながらこの事務所へとやってきたわけだ。 ことのあらましは粗方私たちの方で説明をした。呼び出された理由を把握した八神さんは、一切迷う様子などなくこくんとひとつ頷く。それが請け負いますよ、の意図であることを認めた私たちは、そこでようやく胸を撫で下ろした。 間違いなく荒事が関わってきそうな案件を預ける時の、この八神さんに対する得体の知れない謎の安心感って一体なんなのだろう。 依頼主である榊さんには、まずはそのパーティーがあった証拠などを掴む事から始めるということを伝え、連絡先を聞いて今日は帰っていただくことになった。 重要な部分は最初に彼女が話してくれていたし、これ以上この場で苦しく辛い経験をリフレインさせることも無いだろうと、誰しもが口にはしないが感じていたからだ。 「この案件、ちょっと前に東がちらっと言ってたヤマかもしれないですね……」 今のこの町じゃ裏で何が起きてるかなんて誰も見えてねえからな、と言ったのは源田先生。 ついこの間までそのような裏事にはこの神室町をシマとしている東城会系の組が目を光らせていたらしいが、なぜか最近はその動きが鈍くなり、薄まってしまっているらしい。 「とにかく、女性を食い物にするなんて絶対に許せません。八神さん、宜しくお願いします」 「勿論。バッチリ証拠掴んで、きっちりバトンタッチ出来るようにするよ」 さおりさんと八神さんのやりとりを聞きながら、先ほどまで依頼主である榊さんの震える体に触れていた自分の手のひらをぼんやりと眺める。 得体の知れないパーティー。そんなのに足を運んでしまうから悪いのだと、一言で切り捨てられてしまうのではないかとどれだけ不安だっただろう。自分が迂闊だったなんてことはきっと彼女が一番わかっていて、そして後悔しているに違いない。 しかし、言わずもがな一番の悪はそんなパーティーを主催し、女性に危害を加えた人間たちに他ならない。視線を落としていた手のひらにぎゅっと力を込めて強く握る。 あの、と意を決して声を上げると、八神さんが「どうしたの?」とこちらに向けて首を傾げた。 「私も……私にも、何か出来ませんか?」 なに言ってんだ、と声を発した源田先生に首を振って見せる。止められるであろうことはわかっていた。 この間の盗撮犯の件とは比べ物にならない程に物騒な案件だということもちゃんと理解している。だって、私はつい先ほどまであんなにも震える女性の体に触れていたのだから。 事勿れ主義で流されるまま生きていた自分が誰かの力になりたいなんて、こんな気持ちになるなんて思わなかった。そんな自分の変化にいちばん驚いているのは、きっと私自身に違いない。 「これは源田法律事務所に持ち込まれた話で、私はただの事務員です。けど、もしお手伝いできる事があるなら何でもします」 源田先生は、しばらく無言で私の表情をじっと見つめていたが、ふっと視線を外すと諦めたようにこくんとひとつ頷いた。 私がそうすることは正しいことではないのかもしれない。むしろ間違っているだろう。それでも、今動かずにいたらきっと一生後悔してしまう。そう思ってしまったらもう止まれなくなっていた。 源田先生と私の表情を交互に確認した八神さんは、目を細めて口角を上げながら「助かるよ、ありがとう」と笑顔を作って見せた。 「でもまずはその招待状ってやつ、手に入れないといけないな」 八神さんの発した「招待状」というワード。それは、榊さんから聞いた話の中で出てきた単語のひとつだ。 招待状と呼ばれたそれは、シンプルな見た目にQRコードが記載されているだけで、名刺に似た大きさのカードのようなもののようだ。この街のどこかで配られているが、それがどこなのかはまではわからない。 しかし、私には思い当たる節があった。この間、退勤して駅に向かう途中で強引に渡された小さな黒いカード。あれがもし、本物だったとしたら。 「実は私、榊さんから話を聞いている時にももしかしてって思ってたんですけど……」 応接用ソファーから立ち上がり、ぱたぱたと駆け足で自席へと向かう。袖机の横に掛けておいた出勤用カバンの中を漁ると、もらってからそのままにしていた黒いカードはその奥底に有った。 「それって、これかもしれないです」 持ってきたカードを応接机の上に乗せると、そのカードを手に取った八神さんが驚いた表情を隠すこともせず「名前ちゃん、これどこで?」と問うてくる。 源田先生やさおりさん、星野さんも八神さんと同じ表情を浮かべながらこちらを凝視している。 「三日前ぐらいに中道通りで渡されました」 仕事が終わって駅に向かっている途中だったんですけど、と付け足す。 私の言葉を聞きながら、八神さんは左手の指先でカードを挟み、既に取り出していたスマートフォンのカメラアプリをQRコードに向けていた。画面内にURLが表示され、彼の指は迷いなくそれをタップする。 私たち四人は身を乗り出して八神さんのスマートフォンの画面を覗き込むが、そこには真っ白いページに「404 not found」の無機質な文字が並ぶだけだった。 「……つまりこりゃ、どういうことだ?」 この場で一人だけその意味がわからなかったらしい源田先生に、星野さんが「これはもうページが消されていて既に存在しないっていう意味です」とあからさまに肩を落としながら簡潔に教えている。 「それじゃあ名前くんのもらったカードは偽物……ってことか?」 「いや、むしろページが無くなってるからこそこのカードが本物っていう確かな証拠になります」 首を傾げている源田先生に、八神さんが話したことはこうだった。 その招待状は渡されたその日のみ有効なアドレスに飛ぶものらしく、以降は先ほどのように「ページが存在しません」という表示がされるようになっているらしい。 そして、先ほどちらっとひとりごとみたいに八神さんが発した「東がちらっと言ってたヤマかも」という言葉。 それは二ヶ月前ぐらいで、ちょうど私が源田法律事務所で働き始めた頃に女子高生の間で噂になっていたようだ。その時はまだそこまで事件性があるような話が入って来てはいなかったようだが、水面下で起きていた事がいよいよこうして浮かび上がってきた。 周到というかなんというか、だから被害が見えてこなかったのか、と納得してしまう。 東城会という力が薄まっている神室町において、どんな人間がそんな黒い企画を動かしているのか検討もつかないようで、海藤さんも「最近は見た事ねえ悪そうなツラした奴が増えた」と言っていたらしい。 「だから、話に聞いてたとおりってこと」 「でも開けないんじゃ意味ないですよね……」 ただのキャッチの類だと思っていて、依頼主の話を聞くまでそんなカードを渡されたことすら忘れてしまっていた。 もっと早くお伝えしておくべきでした、と頭を下げると、八神さんは首を振って「むしろアクセスしないで正解だよ、名前ちゃんに何もなくてよかった」と背中をぽんと叩いてくれる。 「それに、お手柄には変わりない。オレの知り合いにさ、こういう系にすっごい強い味方がいるんだ」 だから人が意図的に消したページをサルベージするぐらい、たぶんわけないと思う。 やっぱり八神さんの言葉って妙に説得力があるというか、本当に「大丈夫」って気がしてくるから不思議だ。 そしてそれを感じているのはどうやら私だけではなく、重苦しかった事務所の雰囲気はいつの間にかほとんどいつもの感じに戻っており、源田先生やさおりさん、星野さんの表情も少しずつ解かれていっている様に感じる。 「……てことで、こっちが片付くまでにやれることはやっとこうか」 そう言った八神さんの視線が向けられたのは、さおりさんと私だった。 いつも通りの冷静な表情は変えないまま、しかし何かを察した様子で「もしかして、またアレですか?」と問うさおりさん。それに対して、八神さんはニヤリと口元に笑みを浮かべてみせる。私だけが頭の上にクエスチョンマークを浮かべたまま、二人のやりとりに首を傾げる。 八神さんの発した「やれることはやっとこう」というセリフ。それはつまり、招待状に記載されたアドレスのサルベージと解析を進めてもらっている間、こちらで出来ることをしておこう、というそのままの意味である。では、今この状況で出来る調査とは一体どんなものだろう。 そのパーティーはどこで行われているか分からず、しかも足がつかないように毎回会場を変えているようだ。そんなわけで、榊さんが被害に遭ったとされる場所に今から向かっても証拠なんてものは残っていないだろうことは想像に容易い。 次なる会場に関してはサルベージが上手くいった際にサイトの方から探るしかないとして、その場にいた人間を探し出す、という方向から攻めようというのが八神さんの提案だった。 榊さんの話に寄ると、そのパーティーには女の子のサクラがいたらしい。それは、ターゲットになり得る女性が不信感や違和感を抱かないようにする為に主催側が用意して潜り込ませている人間。つまり、犯人たちや内情について知り得るかもしれない人物、というわけだ。 事件後に退店したと言っていたが、その中には榊さんが勤めていたキャバクラで同僚だった女性もいたらしい。しかし、その姿はパーティーの序盤に見掛けただけですぐに見失ってしまったという。 そして見掛けたのはもう一人。それは、そのキャバクラの系列店であるメイド喫茶で働いている女性だったという。直接会話をしたことはなかったが、間違いないと彼女は言っていた。 「さおりさんはいつもどおり宜しく。名前ちゃんも楽しみにしてるよ」 楽しみにしてるとは一体どういう意味だろう。先ほどから首を傾げたままの私に向かって、さおりさんはどこか凛々しい口調で「やるしかないですね、名前さん頑張りましょう」と私の肩に手を置いた。 わけがわからないままなんとなく頷いてしまった私は、この後ほんの少しだけ後悔する事になる。 *** 八神さんから手渡された紙袋の中から取り出した服を見た私は「本当にこれ、私が着るんですか?」という言葉を寸でのところで飲み込んだ。 お手伝いをさせてくださいと言ったのは私で、力になりたいと思ったのは純度100パーセントの本心だし、そして今も変わっていないからだ。 初めは驚いたし抵抗感もあったけれど、ここまで来たらやるしかない。そう踏ん切りをつけたら半ばやけくそになりながらも「やったるわい!」という気持ちになってきた。人生においては多分、諦めるという選択肢が正解なこともあるのだ。 八神さんに連れられ訪れたのは、夜の蝶たち御用達だというチェリーというメイクアップサロン。そこでヘアメイクを施された私は、案内された更衣室の中で紙袋の中身に手を伸ばす。 そう、私がこれから行う「お手伝い」はメイド喫茶への潜入捜査である。潜入捜査という響きにちょっぴりワクワクしてしまいそうな心を自ら諫める前に、メイド喫茶という未知の場所に飛び込む不安がそれを覆ってくれた。 さおりさんはキャバクラの方へ潜入をするらしい。しかもなんと一度経験したことがあるらしく、彼女自身もあまり不安では無さそうだった。さすがさおりさんである。 デコルテが広く開いたミニスカートのオフショルダーワンピースと白いエプロンには、その端々にフリルがあしらわれている。ウエストの部分には絞りがあり、着てみると中々スタイルが良く見えるのでちょっぴりうれしくなってしまったが、すぐ我に返って自分の能天気さに呆れてしまった。 チョーカーには鈴がついていて、スカートの下に履いたフリフリのペチコートにはご丁寧に尻尾まで付いている。そして極め付けのアイテムはメイドさんといえばこれ、と誰しもが想像出来るであろうカチューシャだ。 しかし、私が手に取ったそれには普通のものとは違うところがひとつ。なんとそのカチューシャには猫耳が取り付けられており、既に無我の境地に達していた私は、ペチコートから生えている尻尾を一瞥しつつ「徹底してるなあ」と他人事の様に呟いた。 そう、私が潜入するのはただのメイド喫茶ではなく、ネコミミメイド喫茶というところなのだ。 最後のパーツである猫耳カチューシャを頭に装着してから、恐る恐るその視線を目の前にある全身鏡に向ける。すると、そこに映った見たこともない自分の姿は普段とかけ離れすぎているせいで羞恥心すら湧いてこなかった。 八神さんから与えられた任務は、榊さんが目撃したというサクラをやっていた女性から話を聞くことである。 現状、次のパーティーまでにどれだけ時間の猶予があるのかさえ見当がついていない。これ以上新しい被害者を生まない為にも、この体験入店でなにかしらの情報は掴んでおきたい。 何でもいいからまだ知り得ないパーティーの話を聞き出して、と言われているが、果たしてそんなに簡単に相手の懐へ入ることが出来るのだろうか。 気を抜けば顔を出してくる弱気な自分を消し去る為にぶんぶんと首を振ったら、首につけたチョーカーの鈴が空気も読まずに軽やかな音を響かせる。 やるしかない、だって自分からお手伝いしますって言ったんだもん。それに、今回の案件で力になりたいという気持ちは微塵も変わっていないどころか更に強くなっている。 店を出てほんの少し急な階段を降りると、千両通りの道にはおなじみの面々が集合していた。 最初に目が合ったのはちょうどタバコの煙を吐き出していた海藤さんで、彼はあからさまに驚愕の表情を浮かべながら口をあんぐりと開け、二、三度瞬きをしてから「おいおい、こりゃ想像以上じゃねえか……」と顎に手を当て頷いている。 「えっと、こんなかんじになりました」 この作戦の立案者である八神さんは、私の姿をじっと観察してから「バッチリじゃん」と満足そうに親指を立てている。 そのリアクションに安堵を覚えていたら、八神さんの横にいた杉浦さんの視線がこちらに向けられていることに気づく。瞬間、バチンと音が鳴ったんじゃないかと錯覚するほど思いっきり視線がかち合ってしまった。 海藤さんや八神さんに見られても全然大丈夫だったのに、杉浦さんに見られていたことに気づいたら急に気恥ずかしくなってしまった。 パニエの役目を兼ねているペチコートが短めのスカートを持ち上げているせいで余計に心もとなくなっているその裾を無意識にきゅっと握る。 「俺ぁメイドさんってのには興味なかったけどよ、生で見るとこりゃなかなかいいもんだな! なんだ、そのスカートと靴下の間の……なんちゃら領域……」 「あー、絶対領域ね」 「おう、それよ! それの良さが今わかったぜ!」 「あのさあ……おじさんたち、あんまり言うとセクハラで訴えられるよ」 海藤さんと八神さんのそんなやりとりに、腕を組んでいる杉浦さんから即座に絶対零度のツッコミが刺さる。 いつもの如くコントのような愉快なやりとりについつい笑ってしまっていると、更に「名前さんも笑ってないで怒るところだから」という追撃がこちらに投げられる。 「ごめんなさい、でも自信無かったから褒めてもらえてうれしくて……。あ、そういえばこれすごいんです! 見せパンからちゃんと尻尾が生えてるんですよ!」 そう言いながら後ろを向いてスカートの端を摘むと、杉浦さんはほんの少しだけ動揺した様子で瞠目し、それからすぐにその目を細めて首を振った。 「こら、だからそういうことしちゃダメだってば」 「杉浦よお、おまえ母ちゃんみたいだな」 そんな海藤さんの言葉に「うるさいな」と短く言い返した杉浦さんは不機嫌そうにその眉を顰めるとそっぽを向いてしまった。 「オレと海藤さんはここでさおりさん待ってるから、杉浦は名前ちゃんの送りよろしく」 「……はーい、了解」 私の横に並んだ杉浦さんは、着ていたデニムのジャケットを脱ぐとそれを私に差し出して来た。 「え? ……あ、この服肩出てますけどそんなに寒くは」 「そっちもなんだけど、とりあえずそのスカート。短いからせめてこれ、腰に巻いといてくれない?」 さすがにハラハラするから、と付け足した杉浦さんの声はいつもの飄々としたものではなく、なぜだか口籠るようなモゴモゴとしたものだった。 見せパン替わりのペチコートだから下着まで見えちゃうことはないんだけどな。そうは思いつつも杉浦さんの気遣いを無碍にするわけにもいかず、ジャケットを受け取って言われた通りに腰に巻く。それを確認した彼は「じゃ、行こっか」と歩き始める。 道を行く人の好奇の視線に晒されつつ、既に私の頭の中はこれから始まる体験入店もとい潜入捜査のことでいっぱいになってしまっていた。 [*前] | [次#] |