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以下お礼のDBH短編『チューインガム:グレープ味』

 コナーはアンドロイドで、もちろん、彼は何も食べない。
 だが彼には一つだけ、知っている味があった。より正確に言うのならばそれは味ではなく香りだったが、香料によって騙された人間の脳が味だと誤認しているそれは、香料を舌で嗅いでいるに等しい。
 グレープ味のチューインガム。十枚で一ドル以下のチープなそれを常々噛んでいた女性のことを、コナーはよく思い出す。警察学校を卒業したばかり、職場実習のためにデトロイト市警へやって来た女性のことを。

「なぜ、いつもそれを噛んでいるんですか?」
 唐突な質問に、彼女は少し驚いた様子で自身の指導員であるコナーを仰ぎ見る。
「子供の頃からの癖……悪癖で……」
 癖を悪癖と言い換えた彼女はバツの悪そうな表情を覗かせた。
「噛んでると集中できるんです……でももう拗ねたティーンって年でもないですし、やめないとだめですね」
「いえ、僕は別に注意したかったわけじゃないんです。ただ、気になっただけで」
 畏縮する彼女へコナーは微笑んで見せたが、返ってきたのは困惑だけで、コナーは言葉を付け足した。
「そういった“自分用の癖”みたいなものを持っている人がここには沢山いますよ。たぶん、刑事としてやっていくには必要なものなんでしょう。過度な喫煙や飲酒でない限り、誰も気にしません」
「そういうあなたにも、何か癖があるんですか」
「僕ですか?」
 完全な他人事のように話していたコナーは、突然その矛先を自分へ向けられて戸惑う。アンドロイドであるコナーに癖などあるはずもないが、年若い研修生は少し薄れた困惑に、好奇心をにじませた瞳で彼を見ている。
「僕は……僕はコイン遊びをするのが、癖、かもしれません」
 好奇心が困惑を打ち破り、彼女は口にこそ出さないが、その表情が『見たい!』と訴えていた。
 ――輝く瞳、歓声、グレープの香り。昔の話だ。

 そんなやり取りから数日も立たぬうちに、コナーは恋に落ちた。二十四時間一緒に張り込みをしていればそうもなるだろう。たとえ片方が人間で、もう片方がアンドロイドだったとしても。
 その二十四時間掛ける数日、彼女はグレープ味のチューインガムを噛んでいて、コナーはすっかりその香りを構成する化学物質の配列を覚えこんでしまった。
 それなのに、彼女と初めてキスをした時、コナーは自身の敏感な舌が“嗅ぎとった”香りに驚き、戸惑った。
 研修の最終日、「お世話になりました」と少しの寂しさを滲ませて言う彼女へ、コナーが打ち明けた恋心への答え。あるいは彼が振り絞った勇気の対価。それがその、短い口付けだった。
 それの纏う、もはや彼にとっては馴染み深いはずのグレープの香りが、その時は何か違う性質を帯びているように感じられた。なにかとても繊細で、掴みどころのないもの。羽ばたく鳥や、打ち寄せる波のような――。
 しかしコナーがそれの存在をはっきりと認知する前にキスは終わった。
 
 彼女がどこの署に配属されたのか、コナーは知らない。彼の元へ残ったのは数値化された香りの記憶だけだ。
 そしてそのグレープの香りはそれ以降彼の傍を漂い、ことあるごとに彼女を、彼女とのキスのことを思い起こさせた。彼女の柔らかな唇、背中へ回された手、華奢な肩、それにかかる細い髪。
 唇を離した彼女が、続く言葉を待っているのは分かっていた。しかしコナーはそれ以上先へは踏み込まなかった。まだアンドロイドと人間の恋愛が偏見の目で見られていた時代に、コナーは未来ある彼女の人生の汚点にはなりたくなかった。そして、彼女は去った。
 だが彼女はチューインガムの包み紙を一枚、残していった。資料の束の間に、栞のように挟まれたまま忘れ去られていたそれを、コナーは今でも持ち歩いている。そして時折それの残り香に、自分が手にできなかったものの姿を見る。飛び去った鳥、砕けた波。
 彼のシリコンで形成された脳のほうはそれをただのグレープ風味に形成された香料の香りだと分かっているが、彼の目に見えない領域、心のほうはそれを初恋の味だと知っている。




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