04



十二歳。はっきりとした年齢はわからないが、***の知っているスクアーロは少なくとも成人はしている。どうも自分の知っている時代とは違うらしい。これならば自分の想像する彼と、割があわなかった少し幼い声にも納得がいく。一人暗闇の中でうなずくと、視界がある建物の前でとまった。外国の知識は皆無であるが、一見したところその建物は家庭や個人の家というよりも、民宿のような、宿のようだった。


(家…には見えないのですが、)
「そこら中の剣士をはっ倒してってるからなぁ。決まった所では生活してねぇ。」
(そうですか…)


それを聞いて思い出した。今私がいるのは記憶にかするくらい、少しだけ描かれていた彼の過去と思われる。本誌にも小説にも本当にちらっとだけ描かれていたのだから、知らないのと同じようなものだ。
***がそんなことを考えている間に、スクアーロは自分の泊まっている部屋にきていた。つかつかとベッドのところまで歩いていき、その上に置いてあるバッグを手に取る。中には最低限の私物が入っているようだ。その中を確かめた後、スクアーロは再びベッドに戻してもう一枚の扉のほうに向かった。


(どうしたんですか?)
「メシ食いに行く前に風呂に入る」
(え)


ちょっと待て。
何だって、風呂…?


「なんだぁ」
(あ、いや…なんでもないです、はい)
「?」


うわあ、なんてこった。ジーザス。神よ。全く考えてなかった。私と彼の間には何よりも性別という大きな壁があるではないか。私は今まで女として生きてきて、彼は当たり前だが男である。まさかこんな難関が待ち受けていようとは。しかし大変悲しいことに、何が何でもこれをクリアしなければならない。私はこれから彼の中で生きていくのだから。
***は本当に、特に男女のことには特別疎かった。剣術以外興味がなかったし、そういうことはイマイチ苦手でもあった。学生時代、皆が青春を謳歌しているというのに、自分だけがついて行けなかったという何とも苦い思い出は記憶に新しい。男性の体をみるなんて!と赤面してしまう位なのだから、苦手どうこう以前に考えも相当古いようである。
この場は目を堅く瞑り、光に背を向けることでなんとか凌ぐことにした。


(あ、相手はまだ子ども…子ども…!)


急いで耳をふさいで体をぎゅう、と縮こめる 。ほかの目から見れば何とも可愛らしい姿なのだが、本人はそれどころじゃない。スクアーロに自分が見えなくてよかったと思うと同時に、こんな事が毎日のように続くかと思うとずっしりと気が重くなるのだった。


♂♀


あの後、小さな飯屋に着いたスクアーロは見ているだけで気持ち悪くなるような量の料理を軽く平らげてしまった。流石は成長期と言うべきか、食べていない自分が今現在胸やけのような感じがするのは気のせいではないだろう。
お金の心配はいらなかったようで、どんなに食べたところで金銭的には何の問題もないらしい。
何故そんな大金を持っているのかと問えば、


「負かした奴から取った」


と、然も当たり前のように言ってのけた。その言葉にやはりなと顔を少々ひきつらせる。彼らしいと言えばそうなのだが、今まで実に平々凡々な暮らしをしてきた自分からしてみれば物騒なことこの上ない。私はもう何度目かわからない溜め息を吐いた。


♂♀


宿に戻るとスクアーロはどうにも気にかかっていたことを口に出した。


「ゔおぉぉい…」
(どうかしました?)
「お前のこと、なんて呼べばいいんだぁ?」
(は?)


スクアーロが言うには、これからずっと一緒なのに"おい"や"お前"では何となく変な気がするとのこと。確かに、よくよく考えてみれば彼の言うことももっともである。しかし本名は彼の人格になったと自覚したときに名乗らないでおこうと決めたのだ。大事な親からもらった名前だ。そう簡単には捨てたくはない。だがもう名乗る必要もない。


(うーん、そうですね……あ)
「どうしたぁ」
(鯱、と呼んでください)
「シャチ?」
(はい、鯱)


そうだ、何時からか呼ばれていたあのあだ名を使おう。思い出すのは姪の言葉。もう一人の彼として生きるにはピッタリだ。まさかいつかの自分の訳の分からない発言がこんなところで役に立つなんて。何だか可笑しくなって、***はふ、と小さく笑みを漏らした。
一方で、スクアーロはその言葉を数回呟くとニヤリと笑った。見えないはずの***も彼の中に居るからなのだろうか、そのことが手に取るようにわかった。


「わかったぜぇ…鯱!」
(はい!)
「あと、いい加減それやめろ」
(それ?)
「敬語だぁ!」
(ああ、これのことですか)
「だからやめろって言ってんだろぉ!気色わりぃ!」


慣れていないだけだろう、と言うのは止めておいた。恥ずかしがって急いで弁解するのは少し聞いてみたいきもするが、あの大きな声で喚き散らされるのはごめんだ。


(…わかった。)
「!」
(改めてよろしくな、スクアーロ)
「お゙お!」


胸につっかえていたものはすっかり取れてしまったらしい、満足げに笑うのがわかった。少し話しにくいが、男の口調にしたのは彼のためだ。風呂のとき然り、実体はなくとも中にいるのが女だなんて、年頃の彼には尚更やりきれないだろうから。
俺、まだ舌に馴染まないこの単語がいつか当たり前になる日が来るのだろうか。



- 5 -


[*前] | [次#]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -