02



ふわり、ふわり
体がやけに軽い。運ばれているにしては、あまりにも体が不安定で、水に浮いているという方がしっくりくる。意識がまだハッキリしない中、五感は徐々に戻ってきているようだ。半分夢の中にいるような不思議な気分である。
いつもの***なら人様に迷惑は掛けられないと無理にでも起きようとするだろう。しかし、今回はそうでなかった。曖昧ではあるが確実に、何かが***をそうさせまいとしていたのである。


「――…」
(?…何か…?)


今微かに声が聞こえた。戻ってきた五感が今度は段々と鋭くなっていくのがわかる。こんな事は今までどんなに剣術の修行を積んでも一度だってなかった。自分の体に起きている異変に疑問を感じながらながら、***はゆっくりと目を開けた。


(…?)


まだ意識がはっきりしないせいか、周りがよくわからない。ぼんやりと目の前が明るい、それ位しかわからなかった。しかし、その明るさも段々とハッキリして来る。***がもう一度目を閉じようとしたその時、本気で鼓膜が破れるんじゃないかというほどのバカでかい声が辺りに響いた。


「ゔお゙ぉぉぉぉい!!」
(!?)


その一声で***の意識は一気に覚醒した。なんだ今の声は。どこかで聞いたような気もするが、身に覚えがない。第一、聞こえ方が少々変だった。大きなドーム型の建物の中のような、空間中に響き渡るようなそんな感じだった。直接腹にくるような声が全身で感じるくらいに響いたのだから、耳も耐えられなものなはずである。しかし、それにしては自分の外に向けてといった風で、驚きはしたが決して苦にはならなかった。


(…!)


そうしてようやく、***は自分の周りがおかしいことに気づいた。暗い空間の中、ある一定の方向をみると視界いっぱいに見えるものがある。映像というにはあまりにリアルで、とても3Dどころではない。本当に自身がそこにいるような、そんな感じだ。広場か何かだろうか。木と空それだけが見える。後は音が聞こえる。これもまた、その場にいるかのようにクリアに聞こえるのだ。
途端に***はとてつもない恐怖に襲われた。今どこにいるのかわからない。どんな状況に置かれてそれが安全なのかそうでないかもわからない。たった一つ、いつも心の波を沈めてくれる木刀も今は自分の手にも腰にも無いのだ。***は見えるそれから目を逸らし、自分の震えている手をじっとみた。自分の体であるにも関わらず、それらはひどく不安定に見えた。そうまるで、


(幽霊になっちゃったみたい…)


そう、そうなのだ。
不思議なことに、今ある自分という存在は体というよりもその皮膚のすぐ内側にあるぼんやりとした自分、***という人格そのもののように思える。何故?わからない。しかし考えるならば…
考えた瞬間、血の気がサッと退いていくのがわかった。こんな事になった原因を考えるのなら、おそらく死という言葉が妥当だろう。だとすれば自分は死んでしまったのだろうか。ここは死後の世界というやつなのだろうか。認めたくない、しかし認めざるを得ない。そんな、急すぎる。もっともっとやりたいことが山ほどあったというのに。
鼻がツンとして、目頭が熱くなる。じわじわと溢れてくる涙を引っ込めたのは先程のあの声だった。


「どこにいやがる、出て来やがれぇ!」
(…?)


まただ、またあの声。幼さが残る低い声。死後の世界であろうところにこの声は些か違和感がある。私に向けられているような気もする。それに聞き覚えのある声。もしかしたら自分以外に誰かいるのかもしれない。微かな希望を胸に、***は伏せていた顔を上げた。その瞬間、驚きに目を見開いた。目の前の景色がぐるぐると移動しているように動いているのだ。キョロキョロといった方がいいのかもしれない。何かを探しているようだ。


(誰かいる…?)
「!、ゔお゙ぉぉぉい!!さっきから鬱陶しいぞぉ、正体を見せろぉ!」


どうやら私の声は聞こえるらしい。しかもその声に合わせて目の前が変わる。それはまるで自分以外の人がここに入るのではなく、


(なか…?)
「あ゙ぁ?!」


そう、中。声の持ち主の中にいるようだ。皮膚の内側、肉体という入れ物のナカ。だとすれば、この響き方にも一応説明が着く。


(信じがたいですが…その、あなたの中と言うのが一番しっくりきます)
「訳わかんねぇこといってんじゃねぇぞぉ!」
(そうは言われましても…)


自分だって訳が分からない。泣きたいのは山々で、頭は既にパンク状態だ。しかしこれだけは分かる。いや、頭に直接響くように自分に強く主張してくる。奇妙なことに、それは私の心を落ち着かせ難なく私に受け入れさせた。スゥッと、まるで催眠術かなにかのようだ、掛かったことはないが。


(……どうやら私はあなたの人格?…みたいです)
「!」
(名も実体もないもう一人のあなた。それが私)
「な゙…」
(驚かせて大変申し訳ありませんでした。…初めまして、よろしくお願いします。)




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