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ヴァリアーから離れたスクアーロに、休むという言葉はなかった。ひたすら鍛練をし、移動してまた鍛練をする。途中耳にした剣士に挑んでは倒し、また鍛練に励む。手にはマメができ、健は痛み、筋肉が鍛練に追い付かず、からだは常に重い。スクアーロは焦っていた。あの敗北感に追いたてられて、休むことが許されなかった。
そんなスクアーロの状態を、鯱が良しとするわけがない。未熟な自分であっても、良い技術、磨かれた精神は健康的な生活と心にあることを理解している。しかし、がむしゃらに剣を振り、まるで暗闇で暴れているようなスクアーロに、どう声をかけたものかと考えると、なかなか答えが見つからなかった。

(懐かしいな…)

かつて***も、同じように自分の力不足に歯がゆい思いをした。それは今とて変わらぬが、今以上にどうしようもなく己が憎いときがあった。理想と技術があまりにかけ離れ、思うように体が動かないことに悔しくて泣いたことがある。目の前に理想があるのに、全く思い描いたものと違う結果になる。躍起になっていたあのとき、父はなんといってくれていたか…

(そうか)

起床したスクアーロがちょうど身支度を整えたところで、鯱はぱっと顔をあげた。

(スクアーロ、少しいいか。)
(んだぁ)
(すまない、手短に話す。なんというか…)
(……)

鯱が続きの言葉を見つけるよりも先に、スクアーロはどっかりとベッドに腰を下ろした。鯱との付き合いも短くない。こういうときどう対応するのがもっともよいのかをわかっているからだ。

(あー、えっと…すまない)
(あ゛?何が)
(時間をもらって…)
(ハッ、らしくねぇなぁ。で、何が言いてぇんだ。今の俺に説教かァ)

皮肉からは、スクアーロに今の鍛練が良いものではないという自覚が伺える。鯱は無意識に顎に手をやった。それならば、案外素直に聞いてくれるかもしれない。

(いや……アドバイス?)
(はぁ?)
(こういう視点もある…というか。スクアーロの今の気持ち、俺もよくわかるんだ)
(わかるだと?)
(わかる。理想が具体的に、明確に目の前にあるとき、自分との実力差もまた明確になる。歯痒くて悔しくて自分に腹が立つ。手が憎いし足が憎いし反射神経も頭も憎いって思えてくる)
(…)

スクアーロのイラつきとも呼べる感情の波が、少し引いていくのがわかった。

(でもそれは、悪いことじゃない。当たり前だし、それだけ自分の中に知識と理解力があるってことだ。理想っていうビジョンを描けるのは、ある程度の経験と知識を持ってなきゃできない。スクアーロにはそれだけの実力がある)
(………)
(だから大丈夫だ、焦れるなら道はある。見えてるならお前はまだ強くなれる。俺が保証する)

鯱は一呼吸おいて、スクアーロの反応をうかがった。特に何をいうわけでもなく、なにか考えているようだ。

(だけど、お前がいま一番戦うべき相手は焦りだ。焦りは自分を上達から遠ざける。冷静じゃいられないからな。自分が上へ行くためにはできないことを潰していかなきゃならない。それを解決してくれるのは、己を分析する力と自己管理が必要で…)
(…わかった)
(は?)
(だからわかった。言葉にするより伝わりやすいことがある。特に俺とお前はな゛ぁ)
(そ、そうか)

戸惑う鯱を余所に、スクアーロはぐっと伸びをしてから自分の手を見た。あまり気にしなかったが、確かにこれは酷いかもしれない。
今日は不思議と鯱の言葉がすんなり頭に入った。こういうことはたまにあるのだが、鯱は自分が気がつかないことを意図も簡単に教えてくれる。普段はただのお節介だが、存外馬鹿にもできない。

(今日は休む)
(えっ)
(あ゛ぁ?まさか不満じゃねぇだろうな゛ぁ)
(いや…賛成だが……やけに素直だな)
(うるせぇ。そろそろ体が限界なんだぁ)

さて、今日は体は使わねえ。
言ってきた鯱にも手伝わせて、クソ剣帝をブッ潰す作戦を練ることにする。

スクアーロはベッドに寝そべって、深い呼吸をした。





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