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カラン。木製の剣が床に投げられる音が広い鍛練場に響いた。

「勝者、テュール」

タガミの声にスクアーロははっと我に返った。そして自分の状況を徐々に把握していく。手は床に、剣は遠くに、目の前には、残念そうな剣帝の姿。試合は3分となく終わっていた。
鯱は唖然としていた。悔しいとも絶望とも違う、それらすら到達しないほど圧倒されている。決してスクアーロが弱いわけではない。彼の踏み込むスピードは遅くなかったし、今まで見てきた実力も、胸を張れるものだ。しかし、剣帝の実力はそんなレベルにはなかった。まるで赤子と遊ぶかのように軽々しくスクアーロの剣を受け、払い、軌道をずらし、トントンと軽く三本とってみせた。あの数分間でさえ、試合というよりは値踏みしているような、何かを探っているようであった。ドッドッと胸が大きく脈打っている。差があるとはわかっていても、正直なところもう少しまともな試合が出きると期待していた。

「ん〜…無理だったか」

情けなく膝をついたスクアーロを見下ろしたまま、そう呟くテュールは、スクアーロに何か言葉を投げ掛けるわけでもなく、タガミの方へ歩いていく。

「スクアーロってちゃんとトレーニングしてる?メニュー変えた方がいいんじゃないの」
「あのなあアンタじゃないんだから…さあ休憩は終わったぞ。約束通り仕事を片付けてもらう」
「げえ…」

去っていく二人の背中を、スクアーロはただ見送るしかできなかった。悔しさ、己への怒り、羞恥、焦り。全く声が出ない。なんだ、俺は、俺は何をしている…?こんなところで、膝をついて、周りの雑魚に笑われ嘲られ、いったい何をしているんだ。

「クソッ……クソがァ!!!!」
(……)

ダンッと強く床を殴る。周りの隊員はもう興味が失せたのか、散り散りになり、鍛練場にはほんの数人しか残っていない。鯱は、なんと声をかけてよいのかわからなかった。スクアーロが鍛練場を後にしても、部屋に戻ってからも。ただ見守ることしか出来ない。

「舐めやがって……絶対にカッ捌いてやる!」

自室に戻っても怒りのやり場がないスクアーロは、ベッドを蹴ったり暴言をはいたりしていた。この怒りは剣帝へでも、自分へでもある。自分のことを見下した剣帝が憎い。そんな奴に全く歯が立たなかった己も憎い。こんなところでぬくぬくと時間を捨てたいる場合ではない。段々と怒りが薄らぐにつれ、今度は黙考するようになった。剣帝に負けた理由、足りないもの、すべきこと。自分がさらに強くなるために必要なもの。スクアーロは持て得る限りの知識と経験と照らし合わせ、己のすべきことを探り始めた。

(スクアーロ…?)

鯱は、やっと声をかけることができた。少年の挫折と激しい怒りをどう受け止めればよいのか、まだわからなかったが。

(鯱、決めたぜェ)
(…何をだ)

▽△▽

「…何がしたかったんですか」
「ん?」

テュールとタガミは、引き続き仕事を片付けていた。しかしそこにスクアーロの姿はない。二人で黙々と書類を捌いていたのだが、タガミが何でもないように問いかけた。

「スクアーロがああなるの、わかってたでしょう。早すぎやしませんか」
「そうかな、そろそろ一度折っとかないと。」
「雑ですね」
「アイツはそれくらいで丁度いいさ。そうモタモタされても困るんだよね」
「……それだけじゃないでしょう」

タガミはじとり、と己の上司を見上げた。机に頬杖をついているテュールは、目が合うとにんまりの笑いを返してきた。

「まぁね、わかっちゃった?」
「無茶なやり方は止めてくださいよ」
「だってさあ、やっぱり会いたいしさあ」
「そう簡単に出てくるもんじゃないでしょう」
「あーあ、どうしたら出てきてくれるんだろう。もう一人のスクアーロくん」

テュールの能天気な声に、タガミは目頭を押さえた。
と同時に、扉がノックも無しに開かれた。無作法さにタガミは睨むようにそちらを見たが、おや、と軽く驚かされた。入ってきたのがスクアーロであったからだ。

「おっ、負け犬くん」
「……」
「どうした、スクアーロ」

テュールの安い挑発を無視して、スクアーロは口を開いた。

「長期休暇か脱退をしたいんだが」








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