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「スクアーロ、手合わせしない?」

そのたった一言は、瞬時に場を凍らせた。タガミは書類に目を向けたまま、スクアーロは手から大量の書類を床に撒き落として、だ。
言葉を発したテュールといえば、皮張りの上質な椅子に腰かけて、つまらなさそうに字がびっしりと書かれた紙を摘まみ上げ、ヒラヒラと遊ばせている。

「気分転換がしたいんだけど」
「…そんな暇はないだろう」

先に我に返ったのは、タガミだ。流石というべきか、衝撃に誤魔化されること無くしっかりと反対して見せた。次の瞬間にはしっかり書類仕事を再開している。

「スクアーロもしたいよね?俺と手合わせ!」
「……」

スクアーロはまだ情報の処理が終わっていないのか、返事もせず、微動だにしない。鯱は少し心配になって、眉ねを寄せて声をかけた。

(スクアーロ)
(……)
(スクアーーーロ!)
「、うお゛ッ……!?」

自分が大声を出したからなのだが、自分の声が聞こえない二人からすれば、スクアーロが急に飛び上がったようにしか見えない。タガミがやれやれとため息をついた。

「て、テメェ、今まで一度だってんなこと言ったことねぇだろうがぁ」
「まー…スクアーロもここに来てちょっとは強くなったかなと思って」
「あ゛ぁ!?俺は元から強ェんだよ!!」
「スクアーロ」

鯱が声をかけるより先に、タガミが諭すように名前を呼んだ。それでスクアーロも気がついた。自分達を取り囲む、大量の紙に。

「……んなことしてる場合じゃねェだろぉ。働けクソ上司」
「えっ、俺と手合わせしたくないの?」
「……」
「スクアーロが大好きな強い剣士なのに??」
「ボス、いい加減にしろ」

タガミのドスのきいた声を無視して、テュールはスクアーロの元へ向かう。必死に耐えているのか、視線の先の書類は、グシャグシャに握られている。

「こんなチャンス滅多にないかもよ」
「…」
「自分の実力がどこまで通用するのか知れるチャンスだし」
「……」
「本当にいいの?」
「………」
「剣帝との、手合わせ」

語尾にハートがつきそうな極上の誘惑に、悲しいかな、素直な十代の青年は折れてしまった。

▽△▽

「よーし!楽しみ楽しみ」

ところ変わって訓練所。
結局折れてしまったスクアーロがタガミに頼み、タガミも30分の休憩を承諾した。広い屋内の少し先で、テュールは木製の剣を小脇にストレッチをしている。
橋にはたまたま居合わせた隊員が、なんだなんだと注目し、場をざわつかせている。
スクアーロも意気揚々剣を振り、期待と喜びに胸を踊らせている。何も可愛らしいものではなく、それは貪欲な力と技の渇望、向上心に似たプライドだ。あの、剣帝と手合わせが出きる。夢にまで見た力、圧倒的上位に噛みつけることへの興奮。しかし、テュールに誘われたときから何も言わない鯱のことを思い出して、ちらりと気を向けた。
鯱はスクアーロの言わんとしていることがわかっている。

(なんだ、気にするな。書類仕事、いつも頑張ってるだろう。たまにはいいんじゃないか?タガミさんの許可も得たんだ。こんなチャンス逃す方が馬鹿だって、剣やってたら分かる)

スクアーロは鯱の後押しに嬉しくなった。自分のことを、剣への想いのことを理解して、認めてくれていると感じた。

(ああ、すぐに見切って俺が勝ってやるぜ)
(見栄でもんなこというなよ)
「準備はできたか?」

タガミが審判役を勤めるようで、3メートルほど離れた二人の丁度間に立っている。
テュールは軽くその場で飛んでから、剣を構えずにっこりと笑った。
鯱は大きく深呼吸をして、先の試合に備える。瞬きを許さない、そして学ぶべきことの多い試合になるのは間違いないからだ。目の前の彼がどんな剣を小脇に振るうのか、どんな身のこなしを見せてくれるのか、楽しみで、しかし不安でもあった。血がたぎり、体が熱く、心臓の音が全身に響く。

「よろしくね」
「テメェ、ふざけてんのか」
「いやいや、ふざけてないよ。スクアーロは本気で来てね!じゃないと気分転換にならないし」
「上等だクソがぁ!」
「ごほん!……いいか、三本先に相手の体に入れた方が勝ち。あくまで演習だぞ。それでは、始め!」

メラメラと闘争心を燃やすスクアーロにどんどん油を注ぐテュール。タガミは咳払いのあと、屋内に響く大きな声で開始の合図を出した。

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