01



「姿勢が戻ってるよ!」
「はいっ!」


夕日も沈み、当たりが暗く染まっていく時間帯、住宅街から少し離れたところにある☆☆☆道場と掲げられた小さな道場からは、いくつもの声と堅いもの同士のぶつかり合う音が響いていた。生徒が持っているのは皆木刀。ここは古くから伝わる剣術の道場である。


「ありがとうございました」
『ありがとうございました!!』


指導しているのは女性一人。ここの道場の師範であり、この剣術を伝う家本の若き次期当主でもある。それだけあって、彼女、***は並外れた実力の持ち主であった。生徒もそこそこに彼女ひとりでまわっているのは持ち前の実力と器用さにある。自分の生徒一人一人を見送り***はまだ一人、道場に残っている生徒に目を向けた。


「***お姉ちゃん、お疲れ様!」
「陽菜ちゃんも、お疲れ様」


陽菜と呼ばれたこの子は姪、つまり***の姉の子である。
自分とは違って剣術に全く興味がなかった姉は、勿論家を継ごうと思うはずもなくしょっちゅう親と言い争っていたのを覚えている。下にもう一人弟がいるのだが、☆☆☆は旧家には珍しく性別にはこだわらない。結局あの後姉が継ぐはずだった当主の座は***が就くことで丸く収まった。
別に姉を恨んじゃいない。寧ろ自分からしてみれば好都合だった。***にとって木刀を振るうことは日常であった。小さい頃から驚くほど飲み込みが早く自身ものめり込んでいった。切っても切れない、大好きな剣術により没頭出来ることは***にとって何よりも嬉しいことである。
目の前の少女は頭をなでてやるとくすぐったそうに目を細めた。


「これ、新刊!」
「わ、やった!ありがとう」
「凄かったよ!」


そう言って陽菜が渡した小さな紙袋には二人の大好きなマンガが入っている。剣術にしか興味のなかった***に面白いからと陽菜が貸したものだ。今では二人の共通の趣味である。


「私ね、いっつも思うんだけど、」
「うん?」
「***お姉ちゃんってちょっとスクアーロに似てると思うの!」
「え、スクアーロ?」
「そうそう」
「そうかなあ」
「うん、そっくり!剣術を大切にしてるところが!」
「そう?あはは、ありがとう」


***はスクアーロに一目置いているところがある。マンガの中の作られた人物ではあるが、剣に対する思いもどこか似ているような気がする。彼のように全てを己の剣に捧げられたら、と何度も思いを馳せていた。だから陽菜の今の言葉は***にはとても嬉しかった。


「みんなは***お姉ちゃんのこと"シャチ"って呼ぶけどさ、シャチと鮫もちょっと似てるし」
「そういえば。どっちも海の強者だもんねー」


***はその並外れた剣術の腕から世間では"シャチ"と呼ばれている。
随分前、自分が小学生の時に母に「生まれ変わるならシャチがいい」などと訳の分からないことを言ったのがきっかけであろう。お喋り好きの母のことだ。そこかしこに言い回ったに違いない。
まあ、あの白黒の可愛らしい模様が好きなのでそのあだ名は***も結構気に入っているのだが。
ふふ、と小さく笑った後、***はもう一度陽菜の頭を撫でた。柔らかく、ふわふわの癖っ毛が気持ち良い。


「さ、もう帰ろうか。用意してきな」
「はーい」


姉のお願いもあり***は毎晩陽菜を家まで送っている。あまり遅くなるとうるさいからな、と眉のつり上がった姉を思い浮かべながら自分も帰る用意をするべく隣の部屋へ荷物を取りに行った。


「ふぅ…急がなきゃな」

――――ズキッ


「っ?!」


ズキン、ズキン


「っ…うッ、いたっ…」


突然、脳を直接殴ったような衝撃が頭から全身に響いた。
原因不明の激痛に内心混乱するものの、痛みに耐えられずにその場にうずくまる。


(何でこんな急に…)
「***お姉ちゃーん準備出来た?……***お姉ちゃん?!」


自分を迎えに来てくれたのであろう、陽菜は自分を見ると血相を変えて此方に駆け寄ってきた。
段々と増していく痛みに***は意識を保っているのもギリギリの状態。陽菜の方に目を向けるのがやっとであった。

「うっ…陽菜、ちゃん…?」
「どうしたの、大丈夫?!」
「陽、菜ちゃ…お母さんと救急車、に連ら…っ!!」
「わかったっ」

(もう、限界…)


全身から汗が止まらず、呼吸もひどく荒い。
稽古や指導の後ということも加わり、疲労した体には何もかもが限界だった。


――――――ズキッ!!


「?!」


今までとは比べものにならないほどの大きな痛みにとうとう***は意識を手放した。
霞んでゆく視界のなか、最後にみたのは目いっぱいに涙をためながら必死に電話で話している自分の姪の姿だった。

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