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凄い。その単語以外で鯱は今の状況を現せなかった。スクアーロのスピード、剣の腕もさることながら、あれだけの大きさの剣を体の一部のように、軽く使いこなすバルニエにも鯱は目を見はった。開いた口が塞がらないというか、瞬きも惜しいとはこの事だ。鯱はスクアーロの中からしか見れないことを酷く後悔した。

はっと気がつくと、自分が存外平気なことに気がついた。金属のぶつかる高い音は響きっぱなしだし、バルニエは至るところの切り傷から血を流している。それなのに特に怯むこともない。相手の殺すような視線も何てことないし、何より自分がスクアーロの目の動きに着いていけている。
不思議なことが体を纏っていることに、鯱はあまり疑問を感じれなかった。ただ今は高揚した心地好い鼓動と、未知の世界に意識を奪われることで精一杯だった。

状況をいえば、誰が見てもスクアーロが押しているのは明らかであろうほどだった。


「んなもんかぁ?!」
「クソが…っ!」


首に向かってきた切っ先をスクアーロは本当につまらなさそうによけた。実をいえば、スクアーロは全く満足していない。最初はまあ面白くないことも無かったのだが、相手が余裕と冷静さを失う度に剣先がぶれてきていることにバルニエを見限ってしまった。期待はずれもいいところだ。噂は単に余計なものがくっつきすぎただけのものらしい。
今やただでかぶつを振り回しているだけの目の前の男に遊んでやる気さえも失せた。口先だけのこんな奴が剣を持っていることにすら怒りを感じ始めた。
こんなのが剣士を名乗ることがおこがましい。
スクアーロは右足に力を入れ一気に間合いを詰めた。バルニエの見開かれた瞳には驚きと恐怖があった。舌打ちを打つと同時にでかぶつが視界の端に入る。左足に体重を乗せバルニエの頭ほどまで飛び上がると、スクアーロは腕を振り上げた。


「ガッカリだぁ」


♂♀


ほう、と溜め息をつく。鯱は味わったことのない満足感に浸っていた。
スクアーロはバルニエを殺した。深く切りつけた感触は、徐々に意識が繋がりつつある鯱の手にハッキリ残っている。吹き出す血も見た。バルニエの怨み苦しむ表情も見た。だが心を支配するのは剣で勝ったという喜びだった。達成感といってもいい。スクアーロは物足りないようだったが、鯱は全くそんなことはなかった。
勿論、人を殺めたことの罪悪感はある。それが自身の心臓を掴んでいるのも事実だ。だが、その罪悪を背負ってでも感じる価値はある、素直にそう思えた。己の剣の腕を磨く素晴らしさと、練習なんかでない、本気で剣を交えるあの緊張感を知った今は人の命を背負うこともいとうことはない。限界の見えない階段に震える心を押さえることなんてもう不可能だ。
重く背中にのし掛かってきたものを背負いきれるほど、鯱の心は晴れやかだった。こんなにすんなり受け入れられた自分に少し拍子抜けだ。同時に恐ろしくもある。自分の中にはここまで狂気じみたものがあったのかと。しかし興奮は冷めてくれない。それを隠すように、ゆっくりと鯱は口を開く。


(スクアーロ)
(…なんとなくわかってきたぜぇ。お前の感情が)
(そう、か…スクの人格でよかったと思うよ、本当に)
(…当たり前だぁ)
(あ、照れてる)
(っうっせぇぞ!)
(あっは、でも本当に感謝してる)
(…)
(良いものを気付かせてくれた。ありがとう)
(……お互い様だぁ)
(え)
「い、今のは無しだ、無し!」


声に出てるよ、とは言わなかった。スクアーロは照れくさを誤魔化すように、相手の愚痴を言う。少し早口なのが可笑しかったが、鯱は黙って相槌だけを返すことにした。
まだ空は明るい。今から電車やらなんやらを乗り継いでイタリアに行くらしい。大変だなあなんてぼんやり思った。島国にずっと住んでいたものだから飛行機以外で国境を越えるということが少し想像できなかったりする。
ごろん、と仰向けに寝転がって深く息を吐いた。何せ、疲れた。ここ数日が人生で一番疲れたと言ってもいい。受験勉強よりも、昇段試験よりも気を使った。国境を越える瞬間が見れないのは非常に残念だが、どうせスクアーロも寝るから見られないんだろう。心身を休めるためにも、自分も暫く眠ることにする。


(スク、俺ちょっと寝るな)
(お゙、う)
(おやすみー)


ボンゴレの人間か運び屋であろう男の人に剣を渡すのを見届けて、瞳を閉じた。

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