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あれからはぼんやりとしか記憶がない。何か言われていた気もするが、それも定かではなかった。気付けばまた元の暗い空間にいて、スクアーロが気まずそうに謝ってきていた。そこで一旦我に帰って私こそ、と謝り倒したが、また直ぐに考え更けた。
頭の中はあの一言で一杯だった。
剣で人を切ってみる。
正直いって、図星だった。写真なんかで刀をみると、その形と輝きにうっとりした。それと同時にふと思うのだ。これで人を斬ればどうなるだろうかと。
どんな風に斬れて、どんな感触がして、どれ程深い傷ができて、どれ程血がでて、どんな気持ちになるのだろうか。想像では足りなくて未知の世界だった。父に何時だったかこう言われたこともある。お前は生まれてくる時代を間違えたみたいだと。その時の父は目を伏せたまま視線を合わそうとしなかった。なるほど、そうだと思った。こんなに剣術が好きなんだから。しかし、あのとき父はもっと別の意味を含んでいたのかもしれない。逸らした視線に畏怖を含んでいたのかもしれない。


「人を殺すのとそれを好むのとは、全くの別物じゃ。極端な例が死刑執行人と言ったところかのう…好き好んで配属された訳じゃない。……例外もいるが」


あり得ないと思ったことは、実は理性とか社会とかの薄い壁に守られているだけなのかもしれない。それが剰りにも厚そうに見えるから、壊せるわけがないと思い込んでいただけかもしれない。もう後戻りできない位置にいるのなら、前に進むしか道はない。


(…スクアーロ)
(なんだぁ゙?)
(バルニエを殺すのは明日か?)
(!……運良くあえたらな゙ぁ)
(そうか)
(平気なのか?)
(わからない。それを確認しようと思う)
(…慣れてなくてもいいと思うぜぇ?意識を切り離しゃあいいんだからなぁ)


スクアーロは優しい。平気で人を切り殺すが、人を気遣う優しさがある。自分も踏み出してみないといけない。後戻りは出来なくとも、そこから得られる世界もある。膝を抱えるのはそろそろ止めないといけない。


(いや、いいよ。俺はスクアーロの人格なんだ。避けては通れない)
(…そうかぁ)


なにか思うような返事をして、スクアーロは寝入ってしまった。そうか、もうそんな時間か。抱えきれない不安と少しの後ろめたさと一緒に鯱も目を閉じた。


♂♀


翌日は快晴だった。スクアーロは宿を出るとすぐさま例の場所へと足を運んだ。明らかによろしくない雰囲気の酒場だ。スクアーロは鯱がまた何か喚いてくるかと構えたが、鯱は一言だって言ってこなかった。
戸を開ける。同時になったベルの音に堅気でないであろう男たちの鋭い視線が一斉に向けられた。鯱は一瞬体が強張ったが、スクアーロの方は気にした様子はなかった。ざっと辺りを見回してニヤリ、と笑ってみせた。


「うお゙ぉぉい、ブノア=バルニエはいるかあ?」


うわああ、それはないよスクアーロ。案の定、テレビでいうと一発で延ばされそうな威勢のいいお兄さんがスクアーロの元へやって来た。


「おいおい、ここはガキが来るところじゃねぇぞ?」


男はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらスクアーロの前にたった。鍛えられた筋肉は男を強そうに見せるが、鯱は何故かちっとも怖くなかった。それよりも、つられて笑った男たちの下品な声が耳障りで仕方がない。そしてこの状況でスクが平然としていられるわけがない。案の定、男に肩を叩かれたときがスクアーロの沸点だった。

「テメェがバルニエかぁ?」
「出てけっつってんだ」
「ならテメェに用はねぇ」
「ぁあ゙!?んだとこの…」
「邪魔だぁ」


まさに一瞬だった。


「っテメェ…!調子乗ってんじゃねぇぞ!!」


スクアーロが払うように殴ると、男は簡単にぶっ飛んでいった。スクアーロが殴った男をチラリとも見ないので、どうなったのかはわからない。


「俺はバルニエに用があるんだぁ。殺されたくなかったらさっさと出せぇ!」


仲間がやられた上にこうも嘗められては、他の男達も黙ってはいない。立ち上がって、今に飛びかかってきそうだが、スクアーロは笑うだけ。それがまた癪に触ったんだろう、何人かが拳銃を向けてきたが、打つ前に声が上がった。


「拳銃を向けられてもビビんねぇか」
「当たり前だぁ。避けりゃあいい」
「大した自信だなあ?名前くらい訊いてやる」
「…スペルビ=スクアーロ」


スクアーロが名乗った途端周りは騒がしくなった。あいつが?まさかな。とか、ボンゴレ…!?とか。ただ、恐怖よりも馬鹿にしたような、軽んじる色が強かった。
スクアーロは男の側に立て掛けられている大きな獲物に目をやった。


「テメェがバルニエかぁ?」
「そうだ。殺されに来るとは馬鹿なガキだ!お前の悪運もここまでだぜ?俺は今までの奴等みたいに弱くねぇからな!」
(煩ぇ…)
(人のこと言えないと思う)
(……)


バルニエはついて来いと言って店の外へ出た。スクアーロにしては珍しく、黙ってついていくことにした。
しかし、内心はそう穏やかではない。前を歩く男をみると、高揚する一方だ。今回は簡単に探せたが、やっとという思いは強い。相手はどれ程強いのか。どんな風に剣を操り、どんな戦い方をするのか。考えるほど楽しみで仕方ない。そして、その溢れんばかりの闘志は鯱の中にも少なからず入ってきた。


(スクアーロ)
(あ゙?)
(…や、なんでもない)


流れてくる感情は確かだが、この溜まっていくものが果たしてスクアーロのものなのかどうか、鯱はわからなかった。スクアーロの一人格として感化されてきているのかも知れない。ただ言えることは存外悪くないということ。
いつの間にか景色は瓦礫のみだった。


「ここなら存分お前をいたぶれる」
「出来たらの話だがなぁ」
「生意気なガキだ…!」


彼の沸点は今一わからないが、今の一言が頭に来たらしい。背中に背負っていた等身大の剣を一瞬のうちに手に取り、ぐっと間合いを詰めてきた。鯱が瞬きをするよりも早く勝負は始まっていた。

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