13



ぽつり、ぽつりと口から出ていった思いは段々溢れてきて、終いには口の方が追い付かなくなった。奥の方から押し寄せる感情の波が自分の理性とか思考とかを全部かっさらっていって、もう自分の口が何を紡いでいるのかもわからない。黙って聞いてくれているのがとてもありがたかった。
涙は出なかった。無意識に出すまいとしていたのかも知れない。どんなに感情が高ぶっても視界が揺れることはなかった。


「だからやっぱり、スクアーロの中から消えた方がいいと思うんです」


結論はこうだった。自分の中で散々考えあぐねた割にはシンプルな、しかし自分らしい答えだった。アッサリと言葉にできたし、異論はない。ただ、少し呑みにくかっただけだ。全て吐き出し終わって、濁った満足感を得た自分は何分か振りに視線をチラリと上げたところ、老人はなんとも微妙な顔をしていた。飽きれと可笑しさとをごちゃ混ぜにした、そんな感じだ。


「…それは困った」
「…何故です」


難しく歪められた口から零れた言葉は自分のの予想と違っていた。その単語にすら噛み砕くのに時間が掛かったほどだ。何故目の前の人物が困ることがあるのか。鯱には理解しかねた。果たして、自分消えて困ることがあるのか、そんな人がいるのか。…もしかしたら偽善で言っているのだろうか、そう思った瞬間鯱はこの老人が憎く思えた。何も分からないくせに。そんな陳腐な言葉が浮かんだ。ニヒルな笑みすら憎らしくなって、眉根を寄せた。


「不満そうじゃのう」
「ええ、まあ」
「そう怒るんじゃない。偽善じゃないぞ、わしはそんなに綺麗ないからなあ。利用がある。」
「どんな理由があろうと」
「スクアーロが望んどらん」
「そんなわけっ…!」


なんて嘘を言い出すんだ!鯱のなかでどす黒い感情が一気に沸騰した。煮えたぎった血潮が一気に体の中を駆け巡り、怒りが鯱を立たせた。老人は特別表情を崩すことなく、つんと澄ました顔でこちらを見ている。元々怒ることをあまりしない鯱としては、段々と感情を剥き出しにした自分がいたたまれなくなった。終いには自分が悪いような気がしてきて、またゆっくり腰を落ち着かせた。


「すみません…」
「似とるところもあるみたいじゃの」
「……すみません」
「まあ、よいわい。お前さんがここにいるということは、スクアーロがここに来たということじゃ。何でもお前さんを消したいと言うことで押し掛けて来たらしい」
「やっぱり…貴方はそれが出来るんですか?」


すると、老人は初めて顔をしかめた。自分が話の腰を折ったからというわけでは無さそうだ。鯱は不思議に思いはしたが、特に気にすることもなかった。


「出来るとも。ああ、出来るさ。じゃがな、いいもんじゃない」


そのことについて老人が言ったのは後にも先にもこれだけだった。鯱が何も言ってこないので、老人は話を戻すことにした。


「でな、小僧はあの通り考えることをせんじゃろう」
「いや、そうでも…」
「まだガキじゃからな、感情が先に出る。」
「…」
「そのまんまここに来よったもんでな。吐かせるだけ吐かせてじっくり考えさせてみた」


鯱は固唾を飲んだ。そうして初めて自分が緊張していることを知った。


「お前さんがいんとしっくり来んから、やっぱりいなくなっては困るんじゃと。可笑しいことじゃ」
「では、私はスクアーロのなかにいても…?」
「無論、問題ない」


ほっとしたどころではなかった。死を免れた安心と疲れがどっと押し寄せてきた。鯱は背凭れに寄りかかり全身の力を抜く。よかった、しかしまだ根本が解決されたわけではない。自分が何とかしなければいけない問題だが、これも一つ、相談してみようか。安心した軽い気のまま、しかし意を決して鯱は口を開いた。


「一つ、相談に乗っていただきたいのですが」
「構わんよ、もののついでじゃ」
「ありがとうございます。」



心臓が一層速く脈を打つのがわかる。汗ばんだ手を握り締めて鯱は顔を俯いたまま打ち明けた。


「実は………人を殺めるのが怖いんです」


老人は鯱の言葉に驚いたようだった。まじまじと自分の瞳を除き込んできた。鯱は驚かれる理由が検討も付かなかった。自分を含め、一般人なら当たり前だと思う。それは間接的に合ってもそうだ。それを、何をこの老人はそんなに驚いているのだろうか。そんな疑問は次の一言で吹っ飛んでしまった。

「なんと、そんなことで…」
「当たり前のことだと思うんですが…」
「ふむ…いや、しかし…なるほど」
「あの…?」
「それは思い込みじゃな。まあ、最初は誰でも怖い」
「いや、そういうことではなくて…」


恐怖が思い込み?そんなわけない。慣れることはないだろうし、慣れたくはないからここまで悩んでいるのだ。
そう反論したかったが、相手の話が続きそうだったので無理矢理それを呑み込んだ。


「魂というか、精神というか、そういうものはな、根本的にある程度合っていなけば同じ入れ物に入ることはない」
「…」
「ぴったりとなあ、重なるんじゃよ…例えば、」


剣で人を斬ればどうなるかと、思ったことはないか?


「…!」


ざわり、と血が、消えた。


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