12



だからお前は、俺なんて気にしないで剣だけに集中してればいい。
喉元まできていたその言葉はどうやら自分の独りよがりな考えだったらしい。それを言う前にそれが間違いなんだと言われた。スクアーロは自分を想ってああまで言ってくれたんだろう。それはわかってるし、凄く嬉しい。
もう本当に、自分は一体何がしたかったのか。まともに取り合わず、誤魔化して、あげくの果てにはあれ以上スクアーロになにか言われるのが怖くて酷いことを散々捲し立てて彼を怒らしてしまった。自分はどうしてこうも馬鹿なんだろう。どうしようもないくらい馬鹿だ。自分の方が随分と年上なのに12歳相手に情けないたらありゃしない。いや、年齢なんて関係なく自分という人間が情けなくて仕方がない。穴があったら入りたいどころではない。誰か埋めてしまってくれ。浅はかな考えで他人に迷惑しかかけられないような、こんな自分なんて一生出てこなくていい。
***は後悔やらもどかしさやらがごちゃ混ぜになった矛盾だらけの感情がどんどん膨らんで自分の胸辺りから侵食していっているように思えた。
だって相談なんて出来るわけがない。人を殺すのが恐ろしいです、なんて。何を言えば正しいのか、何をすれば間違いでないのか。そもそもこの問題に正しい答えはあるのか。頭の中をぐるぐる回るこの3つが双肩にずっしりもたれ掛かってきた。頭の中はぐちゃぐちゃ。もうにっちもさっちもいかず、どうすればいいのかわからなかった。仮に、仮にだ。正直にスクアーロに話したとしたらどうなっていただろうか。自分の一言なんかで彼の剣への思いが揺らぐなんて有り得ないが、不快には思うに違いない。そんなの関係ねぇなんて言ってバサバサ人を斬っていっても今まで通りにはいかないだろう。変わらないならまだいい。嫌われたら私はどうやって存在するのだろう。他人の体だから拒絶されて消えても何らおかしくない。
そこでふと考えが止まった。自分はスクアーロの心配なんてしていない、自分可愛さに臆病になっているだけだ。耳元で自分の声が聞こえた気がする。そうかもしれない、いやそうだった。なんて嫌な女。生にしがみつく醜い寄生虫の様。人様に迷惑はかけられない、日頃私が心掛けていたことなのに、言われた通り自分は今現在大きな迷惑をかけている。そんなことなら清く死んでしまえばいいのに。それができないとんだ弱虫。
頭の中の負のループは止まることをせず、寧ろ底無し沼みたいにぐるぐると深みにはまっていった。そのうちふと、頭がぼんやりしてきて、眠くなってきた。あまりに心地よかったからなんの疑問も持たず、抵抗もせずに身を委ねてしまった。


「鯱、」
「……ゔ」
「おい、さっさと目を覚まさんか」
「ん゙……あ゙?」
「やっと気いついた」


不意に誰かに呼ばれた気がした。スクアーロの声ではない。もっと低くて落ち着いた、冬の大木のような声。そんなはずはない。あり得ないのだが、耳を澄ませば二度三度聞こえてくる。段々と鮮明に聞こえるようになって、視界が一気に明るくなった。…おかしい。私から意識を断ち切ったはずなのに。そう思って体を起こす。……起こす?


「体に感覚がある!何で…え、え?」
「……その見た目と声でそのしゃべり方はキツいのう…」
「声?…あ゙…スク、アーロ!」
「体に違和感はないか?」
「あ゙、はい」
「なら良かったわい」


そう言って向かい側に腰かけたのは昨日スクアーロに剣を与えた老人。なぜここにいるのか、なぜ自分と話せているのか、なぜ自分の声がスクアーロなのか。頭のなかにどっと押し寄せる質問の波に、鯱は困惑しながら顔を伏せた。すると視界に入った足は自分のではなかった。自分より幾分小さい、男の足。まさか、


「中の人格を入れ換えさせてもった」
「そうみたい、ですね…」
「おや、余り驚いてないみたいじゃのう?」
「驚いてます…驚きすぎて、」


話し方からしてこの老人に無理矢理変えられたのだろう。しかし、どうやったのか。スクアーロは怒っていないだろうか。それより、スクアーロの人格はどうしたのだろう。さあ、と一気に血の気が引いていく感覚がした。


「もうひとつは体ん中じゃ。文字通り入れ替わったをじゃよ」
「良かった、そうですか」


顔に出ていたらしい。老人は可笑しそうに笑いながら言った。そうかと思うと一転して真面目な顔つきになる。鯱は自然と姿勢を正した。その行動がまた可笑しかったのか、老人は浅く息を吐くと少し表情を緩めた。


「本当に可笑しい。小僧とお前さんは性格が逆に等しいようじゃのう」
「自分でもそう思いますよ」
「はっはっ、気が合わんのではないか?」
「そんなことも……なかったんですけど…」
「んん?」


老人は自分の歯切れの悪い返答に興味を持ったようだ。少し身を乗り出してきた。頭に浮かんだのは勿論今回の件だが、あまり人に言うことじゃないし、そういう気にもなれない。しかし自分で考えて行動した結果があれなのだ。年配の方に相談してみるのも一つかも知れない。そこまで考えて、しかし直ぐに言葉が出なかったのは性格という不可抗力か。実に厄介だ。ぐっと唇を噛んだ。老人も何も言わないので、暫くの間そこに音は無かった。
俯いたままの自分をみて、呆れたのだろう。上から溜め息が聞こえた。


「悩みや不安なんかはな、溜めといてもいいことなんて一つもありゃせん」
「……」
「小僧に散々聞かされた後じゃ、今更遠慮することもないぞ?」
「…っありがとうございます」


スクアーロの方がどんなに腹が立つか、そんなことをこぼしているのを聞くと心が軽くなったような気がした。この気持ちを吐き出してもいいんだろうか、て思えてきた。剣術以外の相談なんていつ振りだろうか。小さい頃から他人に頼るのが苦手だったものだから、本当に幼い頃くらいしか記憶にない。
心臓がバクバクする。すっと息を吸い込んだ。


「あの…」
「ん?」
「相談に乗って頂けますか」
「さっきからそう言っておろうに、変わったやつじゃの」


老人は初めて見たときと同じようにニヤリと笑って言った。それに吊られて自分も少しだけ表情を崩したあと、ゆっくりと話始めた。

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