10



よほど気に入られたのだろうか、あの後ジャンとドニと連絡先を交換することになった。二人はまだ話したそうだったが、獲物を前にお預けを食らうのは遠慮したい。スクアーロは二人にバルニエをよく見かけるという場所を教えてもらい二人と別れた。
早速そこを訪ねてみようと思ったが、いつの間にか空は赤みを帯びていた。鯱と会う前に男を斬ったのもそのくらいの時間だったので構わず行ってもいいのだが、そこでスクアーロはハッとした。そう言えば、今日はまだ剣のチェックをしてい。昼間に自分の目の前で打って貰ったばかりとは言え、もう一度自分の目でじっくり調べなければ気がすまない。でも斬りたい。一刻も早く相手と殺り合いたい。行くか行くまいか散々迷った挙げ句、またひとつ、今日中に片付けなけばならないことがあることを思い出した。単純平穏で波みのたたない自分の思考の底から出てきたそれは、足を留めるには十二分。今日は適当に宿をとり明日向かうことにした。


♂♀


値段もそこそこ安い小さな宿、場所が場所だけに剣を持っていても宿主は少しも表情を変えなかった。部屋に入るやいなやベッドの上に胡座をかき、剣は横に置いた。剣よりも先にやることがある。


〔見なくていいのか?〕
(先にテメェと話をつけとかなきゃいけねぇ気がしてなぁ゙)
(なんのことだか)


カラカラと笑っておどけてみせるが、つっかえて出てきたのはイタリア語。日本語を意識する余裕もないのだろうか。だが、そんなことは関係ない。一生一緒にいるだろう奴に何だろうが腹ん中に隠されてちゃあ気分が悪い。互いの秘密はゼロ、とまでいかなくても困ってることや悩んでることがあれなら一人で抱え込まないで、相手に相談するべきだと思う。マイナスの感情ばかり相手に流すなら言った方がいい。分かっていて知らずにいるのはどうも気分が悪い。自分はそういう人間だ。言葉にしてもらわなければわからない。自分に関係あることなら尚更ハッキリしておきたい。


(不満があるなら言え)
(あるわけないだろ、不満なんて)
(じゃあ俺が鬱陶しいか)
(あり得ないな、そんなんじゃない)
(じゃあなんだ)
(お前が気にするほどのことじゃないよ)
(言ってもらわなきゃ俺が気になる)
(これは俺の問題だ)
(チッ…あのなぁ)


相当な頑固者だとわかってはいたが、ここまでとは思わなかった。こいつはたぶん、人にあまり迷惑を掛けたくないタイプだ。だから少し問い詰めればあっさり話すだろうと思っていたのだが。そう簡単には事を運ばせてくれないらしい。いや、逆に迷惑を掛けたくないからこそ話さないのかもしれない。だとしたらとんだ勘違いだ。俺はそこらへんの考えは塵もわからないが。いずれにせよ、これでは埒が明かない。スクアーロは頭を乱暴に掻いた。自分は気の長い方ではない。怒鳴りそうになるのをグッと我慢して深呼吸をする。


(…いいかぁ?お前は俺だ)
(…)
(お前の問題は俺の問題でもある)
(分かってる、それは分かってるよ)
(なら、)
(でもな、これだけは俺が)
(分かってねぇじゃねぇか)
(そうじゃなくて…大丈夫だからお前は)
(なにが)
(、え)
(なにが大丈夫なんだぁ)
(それは)
(誤魔化すんじゃねぇ)
(…)
(昼間言ったこと忘れてんじゃねぇだろうなぁ゙。お前が何か抱え込んでることぐらいわかってんだぁ)
(……お前に、)
(あ゙?)
(お前には関係ないことだ)
(、このっ、人が折角)
(迷惑はかけない…第一相談したいなんて、俺は一言も言ってな)
「っそういう問題じゃねぇ!!」


ついさっき心を落ち着かせたばかりだが、残念ながらもう我慢の限界だ。何故話したがらねぇ。人がこんなに気にしてやってるのに、下手に出てりゃ調子に乗りやがって。スクアーロは声に出していることも忘れて、怒鳴った。


「迷惑はかけないだと?もうかけてんだよ。とっくにな!辛気臭いもんこっちに垂れ流しといてでけぇ口叩いてんじゃねぇ!剣に集中出来ねぇなんてまっぴらごめんだ!」
(っそれは、)


それに、スクアーロは怒りに任せて言葉を続けた。


「腹ん中にわけわかんねぇもんは置いときたくねぇ」
(…!)
「だからだなぁ、」
(そうか…わかった)
「……何が」
(本当のことを言ってくれて助かったよ)
「だからなに……!」
(確かに、いきなり中にこんなのがいたら気持ち悪い。逆の立場なら俺だってそう思う)
「あ、いや俺が言いたいのは」
(お互い少し距離をおいた方がいいのかもしれないな。俺はでしゃばりすぎたみたいだ)
「だから、違ぇって…」
(さっきも言った通りこれは俺の問題。自分のことは自分で解決する。心配かけて悪かった。)
「人の話を…!」


聞け、は口からでなかった。言ってしまう前にブツリと鯱の意識が途切れる感覚がしたからだ。
悪いことをした…とは思っていない。全く、これっぽっちもだ。言い過ぎはしたが、あっちが悪いと思ってる。ろくに話そうともせず、あげくの果てに変な思い込みで言うだけ言って引きこもりやがった。怒りの方が断然勝る。だいたい俺もおかしかった。放って置いてくれと言ってるんだから、放っておいて置けばいい。自分で解決すると言ってるんだから無理に聞き出す必要なんてなかったのだ。自分がこんな思いをしてまで親身になる必要はない。流れてくる感情も無視してしまえばいい。残るわだかまりを見ないようにしてスクアーロは財布を引っ掴んだ。


あれから飯を食っても、剣を飽きるほど眺めても、明日のことを考えてもちっともイライラは収まんなかった。明日はバルニエと殺り合えるかも知れないというのに気分が浮上してくることはない。全くもって俺らしくない。どれもこれも全部あいつのせいだ。急に湧いてきて人格だとかほざきやがる。確かに図々しかった。ジジイに言われたことも気に食わねぇ。俺の体は俺だけのもんだ。他の誰かと共有するなんて、冗談じゃない。真っ平ごめんだ。バルニエを殺ってからでも、ジジイに追い出す方法を訊こう。そうだ、それがいい。寧ろ殺る前に行こうか、こんなのは早い方がいい。相手の居どころも掴んでいるのだし。一生こんなんじゃ、鬱陶しくて仕方がない。
スクアーロはこれで全て解決と、鯱のことを無理矢理隅に追いやった。少し一緒に居たくらいで人を殺すことを躊躇しない自分が情なんて湧くわけがない。そう信じて疑わず、スクアーロはそのままベッドに潜り込んだ。

- 11 -


[*前] | [次#]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -