09



あれからは早かった。
スクアーロの老人に対する怒りはすぐにはおさまらなかったようで、ブツブツと暴言を吐いていたが農村から最寄りの駅につく頃にはすっかりその熱も冷めていた。
しかし先程のこともあって今度はただ気まずい空気だけが周りに漂う。電車に乗るまで二人は始終無言であった。


「っあ゙ー…」


沈黙を破ったのははスクアーロだった。


「…言わなきゃわかんねぇ」


ぐぅっ、と息が詰まる。
とても十二歳とは思えない発言だなと思った。数々の死線をくぐり抜けて来たからだろうか、それとも先天的なものなのか。恐らくは両方なのだろう。スクアーロという少年は人の変化には敏感だ。…性格上気持ちには鈍感であるが。
私が師範を務めていた道場にもスクアーロと同い年くらいの子は居た。だが当たり前と言うか、両者は似ても似つかない。もっと奥の方、底の方から確実に違うものがある。それは何かと訊かれれば、はっきりとは解らない。ただ黙り込むしかないのだが、あるという事実だけは明白であった。
わかっているのか否か。その性格故に何かを背負っているのか、自分には分からない。が、自分のこのドロドロとした悩みを彼に話す必要は塵もないことはわかる。第一、彼にこの思いは解せないだろうし、打ち明けたところで彼の足枷ぐらいにしかならないだろう。人に迷惑をかけるのは大嫌いだ。


〔…実はな〕
(…)
〔おまえの年上に対する礼儀のなさに絶望していたんだ〕
(…はぁ゙?!)
〔成っていないにも程があるぞ。俺が恥ずかしい!〕
(お前は俺の母親かぁ゙!)
〔マンマって呼ぶか?〕
(アホかぁ!!)
〔あははは〕


おまえは知らなくていい。迷惑を掛けはしない、これは俺の問題だからな。


♂♀


先ほどの長閑な緑とは打って変わり、今は右も左もコンクリートがぎっしりと並べられている。
それでも都市部からは結構な距離で、人はそれほど多くない。この辺りに例の剣士が入るのだろう。が、いくら何でも現在の正確な居場所まではスクアーロも把握していないらしい。いかにも堅気ではない人々が集まりそうな暗い雰囲気の店へ足先を向けていた。


〔ちょ、ストップストップ!!〕
(ゔぉ?!っんだぁ急に!)
〔何だはこっちの台詞だ!あそこもしかしなくても酒場だろ!?お前未成年!〕
(ボケてんのかぁ!法律守るマフィアなんているかぁ゙!!)
〔未成年が酒飲むな!体に悪いだろう〕
(だからっ、お前は俺の母親かぁぁあ!!)
〔何言われてもこれだけは譲らないからな。行くな!〕
(ふざけんじゃねぇぞぉ、クソ野郎!!)
〔お前がふざけんな!体乗っ取るぞ〕


飲みに行くわけではなくても、全く飲まないで情報だけを貰えるとは思わなかった。本当にこれだけは譲るつもりはない。アル中の人格なんてまっぴらごめんだ。
あれから約一時間の激しい攻防戦はスクアーロが完全に言い負かされることによって幕を閉じた。コレが後の「鯱はスクアーロのおかん疑惑」の始まりである。スクアーロは昼間にも関わらずげっそりと疲れ切っている。中で嬉しそうな雰囲気の鯱に腹が立った。
仕方がないので細い路地裏に入ることにする。あそこはじめじめして暗くて気持ち悪い。だから極力避けていたのに…何ともいえないあの不快感を想像してしまって思わず眉を潜めた。

しばらく歩くと前の方に二、三人集まっているのが見えた。何やら楽しそうに騒いでいるが、これまた一般人ではなさそうだ。しかしスクアーロがそんなことを気にかけるはずもなく、寧ろ好都合だと歩くスピードを上げた。


「お゙い、ちょっと訊きてぇことがある」
「ん?…お、なんだ坊主、お前殺し屋かなんかか?」


三人の中で一番体格の良い男がスクアーロの剣を見て言った。


「まぁ、んなとこだぁ」
「で、なにを訊きたい?」
「この辺りに結構腕の立つ剣士がいるって聞いてな゙ぁ。知ってるか?」


男は少し目を見開いた後、なるほどといった風にニヤリと笑った。


「そりゃあアイツだな。」
「アイツ?」
「バルニエさ!」


今度は一番若そうな男が口を開いた。


「ブノア・バルニエ。ここらで一番強い剣士だ。世界じゃどうかは知らねぇが、アイツは強いぜ」


俺は戦ったことねぇけどな。そう言って男は笑いながら三人で一番背の高い男に同意を求めた。少し厚めのめがねをかけたその男はそうだな、と頷いて言った。とてもこんなとこには居そうにないような落ち着いた雰囲気だ。


「俺はこの辺りの人間じゃねぇからよく分からねぇが、噂は聞くぜ。最近暴れてるらしいこともな。」
「尚更楽しみだぁ」


そう言うと眼鏡の男は少しだけ驚いたような顔をした。と同時に肩が重くなる。


「お前おもしれぇなぁ!年も同じくらいだろうし。俺はジャンってんだ。名前は?」


一番若そうな男、もといジャンはスクアーロの方に腕を回しながら笑った。


「スペルビ・スクアーロだ」
「!、お前が噂の。なるほどねえ」


ジャンは興味深そうに頷いた。噂の、と言われたことはこれが初めてではない。確かに、日頃の自分の行動を考えるとこの社会では噂の一つや二つ、立っていてもおかしくない。おまけに自分容姿は目立つ。ボンゴレの名もあるだろうが。だがジャンはそう言ったきり、別段恐れだとかそう言った感情は見られなかった。


「いやー、まさかとは思ったんだけどな!なんて呼べばいい?」
「スクアーロで構わねぇ」
「そうか!あ、こっちのゴツいのはドニって言うんだ」
「おいおい、勝手に紹介するなよな。よろしく、俺もスクアーロで構わねぇか?」
「あ゙ぁ」


ドニはからからと明るく笑った。黒く焼けた肌といい、何とも爽やかな男だ。苦手なタイプだが、嫌いじゃない。
名前を知らないのは眼鏡をかけた男だけとなった。


「あとは俺だけか」


男は声に見あった、落ち着いた笑みを浮かべながら、手を差し出してきた。


「ヴィトーだ。よろしく」


鯱には一瞬だけ向けられれた目に好戦的な色がチラついた気がしたが、気のせいだったのだろうか、スクアーロに気にした様子はなかった。


「あー、せっかくだが時間みたいだ。俺は行くよ。悪いな」


ヴィトーは腕につけられたシンプルなデザインの時計をみて、少し大袈裟に肩をすくめた。


「なあに、気にするこたぁないさ。お前は忙しい身だからな。久しぶりに話せてよかった」
「それは俺もだ。全く嫌になる。上も少しは考えて回して欲しいもんだ」
「それだけ信頼されてるんだろうよ」
「そうだといいが」


二人は特別親しいようだ。ドニと話して少し緩んだ視線は、おもむろにこちらを向いた。


「お前と知り合えてよかったぜ、スクアーロ」


ちらり。やはり鯱の気のせいではなかったようだ。




- 10 -


[*前] | [次#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -