08



中は少し寒く埃っぽい。さっき降りてきた分の高さの天井には大きめの窓があり、そこからふんわりと柔らかい日差しが入ってきている。円形のその部屋の壁には剣、剣、剣。西洋のもの、東洋のもの、大きさ長さからデザインまで様々な種類が所狭しと並んでいる。遙か上からの日光に当てられ、それらは酷く美しく見えた。鯱が目を見張る。スクアーロは期待と歓喜に体が震えた。
パチンと後ろで音がして少し高いところに付いている電球が光を灯す。振り向くと老人が両手をすり合わせながらこちらに歩いて来ているところだった。


「さぁさぁ。こん中にあるかいの、お前の剣は」
「この数から探すのかぁ?」
「そうじゃ。もしかしたら見つからんかも知れん」
「そうかぁ…」
「いやんなったか?」
「いいや、全く」


老人はまた喉を鳴らした。スクアーロもニヒルな笑みを浮かべる。ザッと見て百は軽く超えている。一本一本丹精込めて打たれたのだろう、独特の鋭い輝きはどれも洗練されていて美しい。この中からスクアーロの剣を探すのだ。胸を躍らせているのは鯱も同じであった。原作のファンであるからと言うのもあるが、目の前の剣の数々、特に日本刀は実に鯱の興味を引いた。剣術第一主義の鯱でさえ、まだ本物には触れたことがなかったのだ。


〔(触ってみたい…)〕


視界に数本移る日本刀を熱心にみる。スクアーロも一つ一つじっくりと見ているようだ。


〔ん?〕


暫くすると鯱は視界に入ってきた一本の剣に目が止まった。西洋のデザインで刃は広く、少し厚めだ。シンプルなデザインだが、他よりも少し光が鈍いそれが鯱は無性に気になった。そしてどうやら気になっているのは自分だけではないらしい。


〔スク、〕
(んだぁ?)
〔あの短剣の隣のやつさ、凄く気になる〕
(お前もかぁ……よし、)


スクアーロが手を伸ばす。
その剣を―――取った。

瞬間、どっと、二人の中に何かが流れ込んできた。それは流れる血液のように体中を駆け巡り、そして一瞬のうちにすぅ、と溶けていてしまった。残るのは日の光のような温かさとずっしりとした剣の重さ、威圧感。
スクアーロは再度軽く持ち上げると老人の方を振り返った。


「これをくれ」


なにを思ったのだろうか、老人は目を細め、ほう、と一言だけ呟いてこちらに歩み寄ってきた。
そしてスクアーロと剣を交互に見て、最後にもう一度スクアーロの目をじっと見た。


「珍しいこともあるもんじゃ。一発で決まったのは確か…これが二人目じゃなかったかいのぅ。」


やはり天性を持つものは違うのか。頷きながら心底感心したようにそう言った。


「その剣は気難しくて頑固でのぅ、なかなか合う奴がおらんかった。成る程、こいつは初めからお前の剣だったんかもしれん。寸分違わず何もかもぴったりじゃ」
「当たり前だぁ」


スクアーロはそう言われたのが嬉しかったのか、得意気に言ってみせた。鯱はじんわりとした熱とくすぐったい感覚を覚えた。何だかこっちまで嬉しくなってくるようで自然と小さな笑みが漏れる。


〔照れてる〕
(っるせぇ!!)
〔あははっ〕
「三十年、四十年じゃったか?何せこの剣はもう随分長いことここにある。ちぃとばかし弄わにゃならんからの、上に戻るぞ」


♂♀


カン、カンと剣を打つ高い音だけが部屋に響く、スクアーロは新しい自分の剣が調えられていく様子を壁に寄りかかりながらじっと見ていた。


〔なぁ、〕
(あ゙?)
〔スクアーロは自分の剣持つの、初めてなのか?〕
〔あ゙ぁ〕
〔…じゃあ今までどうしてたんだ〕
(倒した奴からぶん取った)
〔(またか…)〕
(それがどうかしたのかぁ?)
〔…いや、少し気になっただけだ〕


当たり前だ、仕方がない。彼は将来暗殺者になる男だ。自分はそういうことには嫌でも慣れなければならない。現にこの後彼は、俺は人一人の首を斬りに行くのだ。分かっているのに、やはり心が激しく拒絶する。今までの二十数年の人生を自分は全くの一般人として過ごしてきたのだ。昨日の今日で殺人に対しての躊躇いや罪悪感、抵抗をスパンと捨てられるかと言えばそれはもちろん無理な話なのである。
しかし鯱の場合そんな事は許されない。とても言える状況ではないのだ。自分の意志ではないにしろ、***はスクアーロという一個人の人格になってしまった。その時点で一般人である***には戻れないし、自分の体を持たない以上、自分の意志で生きていくこともできない。スクアーロの影として自分も犯罪に手を染めなければならない。そう割り切らなければいけないと頭では分かっているのに鯱はまだどうしても受け入れられずにいた。自分が自分でいられなくなりそうなのが、壊れてしまいそうなのが鯱は酷く怖かった。
そんな事を考えていると心の底から冷えていくような感じがして、鯱は頭を降った。


(どうしたぁ)


まるで鯱が思考を巡らせるのを止めるのを待っていたかのように、急にスクアーロに話しかけられて鯱の心臓は大きく跳ねた。


〔…何でもない〕
(嘘だな)
〔…〕
(忘れたか?お前が俺の感情を感じ取れるように、俺もなんとなくわかる)
〔そうだったな…〕
(今お前は…)
「小僧、出来たぞ」
「……あ゙ぁ」


タイミングよく老人から声が挙がる。スクアーロは小さく舌打ちしてからそちらに足を進めた。


「ほれ、これはわしが打った中でも一二を争う出来のもんじゃ。」
「ほー」
「大事にせえよ。まずないと思うが何かあったときはわし以外に打たせるな」
「わかってる」


さっきまでの会話はもう頭の隅へ追いやっってしまったのだろう、スクアーロは老人と暫く話していた。勿論剣のことについてであったが、彼の方は早く使いたくて仕方がないようだ。
話がそれたことは鯱にとって非常に都合がよいことであったが、彼の気持ちを思うとまたズンと気が重くなる。


「さぁさぁ、もう出てけ。どうせこれから試しに行くんじゃろう?」
「決まってんだろぉ」


スクアーロはと意気揚々と答えた。老人はふむ、と何か考えるような仕草を見せた後、スクアーロに目を向けた。


「そう楽しみにするのはええが、もうちっと周りを見んとのぅ」
「何のことだぁ?」
「今はもうおまえ一人の体じゃなかろうに、違うか?」
「!?」
〔え…〕


老人は笑った。確信めいた目でスクアーロを、否、鯱を確実に見ていた。どういうわけかこの目の前の老人、自分の存在が分かっているのらしい。多分最初から分かっていたのだろう、だからあんな感覚がしたのだ。鯱は驚きと納得と老人に対する感心とで思考が一気に吹っ飛んだ。スクアーロは声も出ないらしい。


「コイツに付き合うとは大変じゃろうが、めげるんじゃないぞ」
「ってめ、」
「先ずは目の前の問題からじゃ。馬鹿にははっきり言わんと分からん」


そのくせガキの割りにに勘と剣のセンスだけは良いからの、困ったもんじゃ。と今度は声を出して笑った。


〔(何でもお見通しだと…)〕
「このクソジジイ、言いたい放題言いやがって!」
「ほれ、もう出てけ。これ以上五月蠅くされるとたまったもんじゃないわい」
「…チッ!」


スクアーロは大きな舌打ちを残してまた荒々しく戸を閉めた。勿論、その右手には真新しい獲物を持って。
肩を怒らせ、足早に丘を降りる。怒りで鯱との会話のことはすっかり頭にないようだ。そこら変はまだ年相応なんだなと鯱はまだ思考の追い付いていない頭でぼんやりとそう思った。




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