07



〔なぁ、〕
(なんだぁ)
〔いつまで歩くんだ〕


空港を出るとすぐに電車に乗り込んで数時間揺れ続け、小さくて静かな農村にきた。本当に何もないところで、写真でしか見たことのないような広い牧草地が広がっている。そしてそこをまた、人の寄りつかなさそうな森の中をザクザクと歩き続けているのである。


〔こんな所に腕利きの剣士がいるのか?〕
(あ゙、言ってなかったか?)
〔何が〕
(今からいくのは剣士んとこじゃねぇぞ)
〔……〕


そう言いつつもらスクアーロは足を止めることはせず、ひたすらどこかを目指して歩いている。足取りは軽い。楽しみにしているようだったのでてっきり今日の相手かと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


(ここら辺りになぁ世界一って言ってもいいくれェの鍛冶屋がいるんだぁ。)
〔へぇ、〕
(一年前に知り合ってなぁ゙…変なジジイだが腕だけは確かだ。)


腕だけはな、とスクアーロはひとりごちる。彼とは剃りが合わないのだろうか。俺からしてみれば、スクアーロの年上に対する態度に問題がありそうなのだが…
そんなことを考えていると、視界が一気に眩しくなった。深い深い森の中から抜け、視界が開けたのだ。薄く目を開けてみると目の前には小高い丘があり、その緩やかな傾斜の先にはぽつりと小さめの家が一軒建っている。日光に照らされたそこは鮮やかな緑と家の存在とで何とも温かくやわらかい、長閑な空気を作り出していた。スクアーロはそのまま、そのやわらかそうな緑の上を歩いていく。どうやら彼が用があるのは、あの家の持ち主のようだ。


「ゔお゙ぉぉぉい゙!」


持ち前の大きな声と共にスクアーロは荒々しく扉を開けた。こらこらこらこら、礼儀以前の問題だ。後でみっちりと叱ってやる。
中はものが少なくすっきりとしているが、剣を打つであろう様々な道具が壁に掛けてあり、机は紙や本が積み重ねられている。窓さらさす光以外に明かりはなく、釜の中から上がっている細い灰色の煙の臭いがうっすらと部屋を満たしている。薄暗いその部屋は哀愁を漂わせ、不思議な感覚と同時に不気味に思わせた。


〔留守か?〕
(あいつがここから出るなんてのは食い物を仕入れるときだけだ。)
〔インドア派という奴だな〕
(なんだそれ)
〔…何でもない〕
(?)
「おお、おお。」
〔(!?)〕


不意に聞こえた第三者の声。落ち着いた、しかし不気味な声。
急いでスクアーロが視線をやると、そこにはもう随分と年をとっているであろう老人が影に溶けるようにひっそりと立っていた。老人は口を元上げ、いやな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいて来る。


「乱暴に開けるなといっとろうが、小童が」


先ほどスクアーロが開けた扉をそっと撫でた。その手はシワが深く仕事のせいか、ゴツゴツしている。まるで朽ちる前の木の幹のようだ。老人は再びスクアーロに目を向ける。スクアーロを見ているはずなのにその目はそのもっと奥、俺を見ているようで、
ぞわり、悪寒が走る。靄のかかったようなグレーの瞳からはなにも読みとれない。ただ実に面白そうに弧を描いているだけだ。笑みを深くした口からは黄ばんだ歯が覗いている。いやな感じがする。他人に対してこんな感情を抱いたのは初めてだ。


(ス、クア…ロ)
(!)
(よ…)
「用件は、」
(!?)


また笑う。
真っ直ぐにこっちを見て。


(あ、あ…)
「用件はなんじゃ。あれか?」
「…そうに決まってんだろぉ゙。次来るときっつったのはてめぇだ。」
「おお、おお。そうじゃったかな?」


ようやく視線が外された。どっと押し寄せる解放感と無意識のうちに止めてしまっていた息とで、酷く咽せる。


(…っげほ、ぐ…う、っは)
(チッ…この死に損ないのクソジジイが。…どうした鯱)
(いや…何でもない)


今のはなんだったんだろうか。気のせいなのだろうか。でもなぜ、そう考えたところで頭を振った。今考えてもわからないだろう、どうせ堂々巡りになる。今はスクアーロの剣の方が先だ。

「言っておくが、」
「あ゙?」


老人は一番奥から繋がっている地下にスクアーロを案内した。辺りは暗くじとりとした空気に包まれている。老人の持つ蝋燭の光だけがゆらゆらとぼやけた灯りを出していた。二人分の足音が響く。気温を感じないはずなのに鯱はぶるりと身震いがした。
底の暗い階段を降りていく途中、老人は静かに話し始めた。


「お前用のは打っとらん」
「はぁ?!」
「やかましい、大きな声を出すんじゃない。わしが打った中から選べちゅうとるんじゃ」
「…」


スクアーロの顔をちらりと見て、老人はくつくつと喉を鳴らした。突然笑われて不愉快じゃないわけがない。眉間に皺を寄せ、スクアーロは老人を睨みつけた。


「何がおかしいんだぁ!」
「だからやかましい言うてるじゃろ、学習せんな!耳が痛いわい!」
「……」
〔………クッ〕
(…鯱ぃ)
〔っ…ごめ〕
「よぉ聞け。お前が選んだところでそれはお前の剣にはならん」
「…意味が分からねぇ」
「剣は人を選ぶ。お前なら感覚わかるじゃろう。二つが一致して初めてお前だけの剣になる」
〔へえ…〕


スクアーロは何か考え込んでいるようだった。暫く光に照らされた石の階段を見つめると、弾かれたように顔を上げた。


「上等だぁ…」


今度はスクアーロが老人に挑戦的な笑みを向ける。


「望むとこだ。そんくらいじゃねぇとな゙ぁ」
「…お前ならそう言うと思っとったわ…」

老人は小さくため息を吐いた。表情は呆れ半分、期待半分と言ったところだろうか。口元は緩やかな弧を描いている。
もう石段はない。目の前には気でできた古い扉がぼんやりと照らされているだけだ。老人はそこに付いていた重そうな鉄の取っ手を握った。


「いいか、一生に一本、全てがこの世にたった一本じゃ。代わりはない。」


そう言うと老人は扉を開いた。




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