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「…大丈夫かな、柊」
「弟に任しとけって。お前が行ったら、ますます柊ちゃん凹むだろうが」

柊とはあれから言葉を交わせていない。今晩は椋の部屋に泊まる、とだけ言い置いて、かれは椋といっしょに黙ってあの空き教室を出ていってしまっていた。ので悠里はとりあえず雅臣が割った窓ガラスやらびりびりになったカーテンを片付けている。

「いつから分かってた?俺が普段の性格を演じてること」
「最初っから違和感はあった。まさかこんな演目だったとはしらなかったけどな」

雅臣はといえば窓枠に腰掛けて、悠里の「俺様生徒会長マニュアル」を読んでいた。わりと興味深そうである。もうこれでこの男に手のうちが完全にバレてしまった。面倒なことにはなったけれど柊の貞操を守れたことでおあいこかな、とわりと呑気に悠里は考えている。

「俺、ギャップ萌えなんだ」
「…」
「ドン引きかよ」

俺はツンデレとヤンデレがくっつくところを見守ってもよかったんだぞ!とよくわからないことを言われて、とりあえず悠里は雅臣をじっとりとした目で見た。俺様生徒会長を演じていなくても演じていてもこの男がやっかいであることには変わりなさそうである。ガラスの破片をゴミ箱に棄てて、悠里は一つ嘆息をした。

「ったく、俺が柊の事守ってやらなきゃならなかったのになー」
「…それはあれか?それがお前の演目だから?」
「ちげーよ。友達だから」
「あ、そう…」

なるほどなるほど。雅臣がにやにやと笑う。やっぱりこいつのコレは素だったのか、とちょっと残念がりながら、悠里はかれをねめつけた。やっぱりというべきか雅臣は美味しいとこ取りをしたけれど、こいつが来るか来ないかは完全に悠里の賭けだったのである。

「ま、感謝はしてやる」
「じゃ、ほっぺでいいからちゅーして」
「死ね」

悠里はにっこりと親指を下向けると、髪を掻き上げて空を見上げた。友達ひとり守れずに、危機にひとりで立ち向かえもせずに何をしているのだろう。せめて喧嘩に強ければ、もうすこしマシなんだろうけど。

「そろそろ教室戻ろうぜ、俺様風紀委員長」
「俺、さっきの悠里のほうが好きなんだけどなー」
「何の事かわからねェなァ」

風通しのよくなった空き教室を、さっさと悠里が出ていく。その背中に大股で歩み寄り、雅臣はちょっとため息をついてから背後を振り返った。窓ガラス二枚、カーテン一枚。始末書ものである。

「なあ、悠里これ」
「まったく、天下の風紀委員長さまは乱暴で参るぜ。部屋をこんなに滅茶苦茶にしやがって」
「…悠里ってさ、結構いい性格してるよな…」

どうやら自分のところに出す始末書を自分で書かなければならないらしいことを悟って、なんだかあんまりに愉快な気分だったので雅臣はちょっと笑ってしまった。恋敵を助けてやったことに変わりはないが、まあツンデレの泣き顔というレアかつ萌えポイントを見られたぶんで帳消しにしてやろうと、こちらはこちらで不純な動機のうえで動いている。

「…あとで電話するくらい良いと思うか?」
「いいんじゃね?お前がしたいなら」

われながらお人よし、と思いながら答えてやって、雅臣はするりと後ろから悠里の半端な長さの黒髪を指で梳いた。触んな死ね!と間髪いれずに腕を振り払われる。
相変わらずだ、と思いながら、それでも雅臣は確かに動き出しつつある自分たちをとりまく状況をしっかりと感じ取っていた。揺れ動くところにつけ入るほどのしたたかさは、持ち合わせているつもりでいる。

悠里の喧嘩をしらないしなやかな長い腕に手をかける。それから寸の間沈黙を置いて、かれはちいさく吐き出した。

「お前はどう思った、悠里」
「…何がだよ」
「あの子を襲った不良の事。軽蔑したか」
「思いつめてたんだろ。じゃなきゃ最後、あんな顔で謝ったりしねえよ」

千尋の表情を思い出し、悠里はじっと雅臣の目を射竦めた。かれの金色の髪のおくで、その色のうすいグレーのひとみが何も言わずに悠里を見つめている。そういえば悠里はかれのことを、その実なにもしらないでいた。ギャップ萌え属性があることすらついさっき知ったのだし。

ひとがひとを好きになるということは、すごいことだ。悠里はそれをよく知っている。好きになるということは、こわい。それでもひとを好きになるということは、とても凄いことなのだと、悠里は思っている。雅臣は悠里のことを好きだ、愛しているというが、だからこそそれを悠里が拒めないのはそのせいだった。好きになってもらう、ということは、すごいことだから。想いがこちらを向かないかもしれないと思っていてもだれかに好きだということは、すごいことだから。

悠里はいつも、恋をされてきた。それは悠里の演じる「氷の生徒会長」へ向けられる恋だった。普段の悠里とはすこしも似たところのないその人は、たくさんの恋を集め、想われてきた。だからこそ悠里は知っている。ほんとうに、ひとをすきになるということは、すごいことだということを。…そして雅臣は、悠里のほんとうを知ってなお、悠里のことを好きだという。それは、すごいことだと、悠里は思うのだ。

「昨日、驚かせて悪かったな。…ほらアレだ。思いつめてつい」
「…うそつけ、馬鹿」

くく、と喉の奥で雅臣が笑った。それが思ったよりずっと機嫌のよさそうな、うれしそうな笑い声だったので悠里は思わず目を見開いた。俺様でギャップ萌え属性でしかもマゾとか救いようがないぞ、と悠里に好きかって思われていることなど気付く術のない雅臣は、それからぐいとその腕を引く。身のこなしひとつもしらない悠里の身体は、弾みをつけて勢いよく雅臣に引き寄せられた。

「よかった。そういや嫌われるかと思って」
「そういやって何だよ!ていうか元々お前なんて嫌いだ!死ね!」

この男にも相手のことを考える神経が残っていたのか!とどこか感動した気持ちになる。感極まったようにべたべたと抱きしめてくる雅臣の腕を振り払おうとして出来なくて、だから悠里は、柊に教わったとおり思いっきり雅臣の股間を蹴り上げてやった。いってえ!と油断していたらしい雅臣が叫ぶのをせいせいした気分で聞く。

柊に伝えてやろうと思っていた。そんなに人に好きになられるってことは、たとえそれがお前の望むことじゃなくても凄いことだと俺は思うぞ、と。






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